<社説>県教育大綱 施策の肉付けが肝要だ


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 資源の乏しい沖縄で、社会が健全かつ幸福のうちに発展できるかどうかは、ひとえに人材にかかっている。たとえコストがかかろうとも、全ての子が適切な支援を受け、その能力を完全に開花させた方が社会にとっても望ましい。

 県総合教育会議が県教育大綱案をまとめた。県にとってはこれが初の教育大綱だ。2012年の県教育振興基本計画が基になったが、同計画にはなかった子どもの貧困対策も盛り込まれた。
 経済協力開発機構(OECD)の2000年代半ばの調査では日本の貧困率は加盟30カ国(当時)中4番目に高く、直近(12年度)では米国(10年時点)よりも高い。
 その日本の中でも、沖縄がとりわけ深刻な事態にあるのは間違いない。研究者の試算によれば、貧困率は全国で最も高くかつ突出しているが、生活保護率は中位にとどまる。セーフティーネット(安全網)が十分機能していないということになる。貧困による弊害が最も顕著な状態にあるのだ。
 貧困は学習支援の不足を招き、学力を低下させ、進学意欲も阻害する。孤立や非行とも関連性があり、成人後の貧困、すなわち「貧困の世代間連鎖」も招きかねない。
 子は生まれてくる環境を選べない。だからこの現状は社会そのものの不備なのである。
 貧困ゆえの学習支援不足、教育機会喪失に真っ先に気付くのはおそらく学校であろう。だから教育大綱にその対策を盛り込んだのは妥当だ。かつ学校を対策のプラットホーム(足場、共通の基盤)と位置付けたのもうなずける。問題はこれをどう肉付けするかだ。
 この子らに「自分も勉強していい」と思わせる「自己肯定感」、「自分が助けを求めると周囲が応えてくれる」と思う「社会への信頼感」を植え付けなければいけない。それには居場所づくりが必要だ。各地で食事提供など居場所づくりに努めるNPOが発足しているが、これをどう支援するか。無料の学習塾や
学習支援NPOをどう維持するか。
 プラットホームを機能させるため、学校への人的・財政的支援も求められる。「進学できる」と思わせるには給付型奨学金創設が不可欠だ。高校も学費だけでなく学用関連品の無償化も必要だろう。
 大綱を画餅に終わらせてはなるまい。「人への投資」を惜しまぬ社会でありたい。