<社説>外交文書公開 沖縄統治の手法から教訓を

 外務省が外交文書を公開した。公文書の公開は国民の知る権利を保障し、政府の説明責任を果たすことにつながる。過去から教訓を学ぶ機会でもある。政府は今後も外交文書を積極的に公開すべきだ。

 今回の沖縄関係文書は幾つかの特徴がある。第一に、沖縄の代表が出席していない日米協議委員会の場で、日米両政府による政治介入がやりとりされている点だ。ポイントは制度と予算で、現在につながる政治手法の源流を見るようだ。
 日本復帰を前にした1968年、沖縄の代表を県民が直接選ぶ主席公選をめぐり、日米は国政参加選挙の実現を保守系候補の手柄にさせようと画策した。さらに米側は日本政府の沖縄援助増額を主席公選前に発表しようと働き掛けた。一方、基地従業員大量解雇に伴って見舞金を支出した経緯について山中貞則総務長官は「反米闘争の緩和、左翼分子の弱体化が真意だ」などと説明していた。
 制度と予算を使った手法は現在も繰り返されている。防衛省は名護市辺野古への新基地建設をめぐり、地元の久辺3区に対して直接補助金を交付できる制度を創設した。米軍普天間飛行場の辺野古移設計画に対する地元住民らの容認姿勢をさらに強めることが最大の目的だろう。国会論議を経ずに制度をつくり国民の税金が使われる。
 第二に、都合の悪い合意を非公表にする手口が明らかになった点だ。沖縄の施政権返還に関する合意内容の一部を隠した。削除した部分を非公表扱いの「了解覚書」に移し替え、交渉責任者が署名ではなくイニシャルを記した。国民不在の「密室外交」そのものだ。
 第三に、公開の仕方に問題がある。沖縄関係は72年の復帰前後に日米交渉を担った日米協議委員会の第14回から21回までの資料が含まれているが、第18回の資料だけ公開されなかった。外交文書は結論に行き着く過程が大切だ。連続性に欠ける公開によって、閲覧者の理解を妨げることになる。
 米国のように公文書はメモであれ残し、時期がくれば公開すべきだ。しかし、集団的自衛権の行使容認を可能とする憲法9条の解釈変更について、内閣法制局が検討経緯を公文書として残していないことが明らかになっている。公表や文書管理の在り方は、この国の民主主義を測るバロメーターであることを忘れてはならない。



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