<社説>青春を語る会解散 次世代で不戦の願い継承を


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 沖縄戦当時の女子学徒有志でつくる「青春を語る会」が16年の活動に幕を下ろした。会員の高齢化が理由だ。現在の会員9人は86~89歳で、通院や体力の衰えなどで月例会への出席も難しい状況になっていた。これまで会が取り組んできた沖縄戦を語り継ぐ活動をたたえ、会員一人一人をねぎらいたい。

 会が発足したのは1999年にひめゆり平和祈念資料館で開催された「沖縄戦の全学徒たち展」がきっかけだった。同展では沖縄戦に動員された男子12校、女子9校の全学徒の体験を紹介した。それまで女子学徒隊の戦争体験はひめゆり学徒隊の沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の証言が広く伝えられていたが、ほかの8学徒隊の体験はあまり語られることがなかった。
 このため「ひめゆり以外の学徒隊の戦争体験も深く知りたい。互いに連携しよう」との呼び掛けがあり、99年に結成したのが「青春を語る会」だ。
 沖縄戦当時、15~16歳だった女子学徒は野戦病院壕での看護活動、死体埋葬、戦場での彷徨(ほうこう)など過酷な状況に置かれた。9校から505人が動員され、うち189人が命を落としている。
 元学徒たちにとって、会の名称にもなっている「青春を語る」とは戦争体験を語ることだ。つまり戦争によって大切な青春を奪われたことを意味する。
 会が2006年に出版した証言集「沖縄戦の全女子学徒隊」の中で中山きく代表は「わずか十代後半の年齢で戦禍に散った学徒仲間たち。戦争によって掛け替えのない人生を絶たれた彼女たちの死は、私たちの生涯の悲しみであり、『二度と過ちを犯してはならない』との悲願でもある」と記した。
 青春だけでなく、人生さえも絶たれた同級生の無念を晴らすため、戦争を繰り返させてはいけないとの思いで活動を重ねてきたのだ。
 会が目指していた方向に日本は進んでいるだろうか。むしろ逆の道へと向かっているとしか思えない。29日には集団的自衛権の行使を認め、自衛隊の海外活動を大きく広げる安全保障関連法が施行される。日本が戦争できる国へと変貌を遂げようとしている。
 会は解散した。しかし会が目指していた不戦への強い願いは、次の世代である私たち一人一人が継承していかなければならない。