<社説>4・28「屈辱の日」 自己決定権回復を誓う日に

 奄美を含む南西諸島、小笠原を日本から分離する1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効から64年たった。

 この日を境に日本本土が独立を回復する一方で、沖縄は米国の施政権下に置かれた。米軍は基本的人権を無視し「銃剣とブルドーザー」によって農地を奪い、東アジア最大の軍事基地を建設した。まさに沖縄にとって「屈辱の日」である。
 同時に自己決定権の回復に向けて県民が行動を本格化するきっかけになった日でもある。「屈辱」の記憶を次代に伝えつつ、沖縄の将来は沖縄県民が決めるということを誓う日としたい。
 講和条約が発効する3カ月前の52年1月、当時の琉球政府文教部長の屋良朝苗氏(後の主席、知事)は全島校長会を開催した。沖縄が日本から切り離される前に、沖縄の進むべき方向を示そうと考えたからだ。校長会は全会一致で「復帰要求決議」を採択した。
 以来、屋良氏は全県民的な支持を背景に、粘り強く日米両政府と向き合い、自治権の獲得と施政権返還を求めた。屋良氏は「沖縄問題の解決の可能性は、全国民の沖縄に対する真の理解と好意の度合いがバロメーターになる」(『回想録』)と考えていた。県民の直接行動と全国民の理解、この二つがかみ合ったとき事態は前進するという考えだ。今でも参考になる。
 日米両政府は現在、米軍普天間飛行場返還に伴う辺野古新基地建設計画を沖縄に強要している。沖縄の民意は県外であるにもかかわらず、安倍晋三首相は、辺野古新基地建設が「唯一の解決策」と繰り返し、思考停止したままだ。犠牲を強要するだけの姿勢では、問題は解決しない。
 翁長雄志知事は国際社会に「沖縄の人権、自己決定権がないがしろにされている」と訴えた。先日、デービッド・ケイ国連特別報告者が日本の表現の自由に関する暫定調査結果を発表した。特に沖縄に言及し、名護市辺野古の新基地建設に抵抗する市民に対して政府が「過度な権力を行使している」と指摘した。世界の目が沖縄に注がれていることを政府は知るべきだ。
 在日米軍施設の73・8%が沖縄に集中し、米軍絡みの事件事故による人権侵害が続く。この理不尽な状態を解消するためにどうすればいいのか。64年たった4・28の日に考えたい。