<社説>きょう復帰44年 「自治」県民の手に 沖縄の進路、自ら決める

 44年という歳月は沖縄に何をもたらしのだろうか。1972年、県民が願ったのは平和憲法への復帰であり、自治の確立だった。

 現状を振り返ると、米軍基地の重圧は変わらず、米軍関係者による事件・事故も絶えない。憲法が保障する「平和的生存権」が沖縄では軽んじられている。
 基地問題では、名護市辺野古での新基地建設といった沖縄の主体性を無視した政府の強権的な姿勢も目立つ。
 44年間、沖縄への構造的差別を温存しただけとは思いたくない。44回目の「復帰の日」、改めて沖縄の進路は自ら決める「自立の日」として足元を見詰め直したい。

当然の願望

 復帰運動の先頭に立った屋良朝苗氏は復帰についての思いを次のように述べた。
 「簡単明瞭に言いますと、“人間性の回復”を願望しているのです。きわめて当然な願望であり要求です」(「沖縄はだまっていられない」エール出版1969年)
 米統治27年間の課題を洗い出した「屋良建議書」は(1)政府の対策は県民福祉を第一義(2)明治以来、自治が否定された歴史から地方自治は特に尊重(3)何よりも戦争を否定し平和を希求する(4)平和憲法下の人権回復(5)県民主体の経済開発-を日本政府に求めた。
 屋良建議書の要求は現代にも共通する。逆に言えば「当然の願望」がいまだ実現していない。
 象徴的なのが辺野古の新基地建設を巡る県と国の対立だ。選挙で示された新基地建設に反対する民意を政府は平然と無視し、地方自治を侵害している。
 裁判所の和解に基づいて現在は工事が中断しているが、国は事あるごとに「辺野古は唯一の解決策」と繰り返す。沖縄の自治、民意、自己決定権といった当然の権利に対する敬意が全く見えない。
 平和的生存権を脅かす事件も相変わらずなくならない。3月にはキャンプ・シュワブ所属の米兵が那覇市内で女性暴行事件を起こした。
 深夜外出や飲酒を規制する米軍の対策に何ら実効性がないことも分かった。
 基地の過重負担も政府は放置したままだ。西普天間住宅地区(約51ヘクタール)の返還をもって政府は「沖縄の負担軽減」を強調するが、本土では2014年以降に345ヘクタールの米軍専用施設が返還されている。結果的に在日米軍専用施設に占める沖縄の負担は14年時点の73・8%から74・46%に微増した。
 見せ掛けだけの「負担軽減」はもうやめてもらいたい。

基地は阻害要因

 高校教科書検定での事実誤認問題に象徴されるように、沖縄経済が「基地に依存する」という神話は県外になおはびこる。沖縄の基地関連収入が県経済に占める割合は1972年度は15・5%だったが、13年度現在5・1%だ。
 44年間の経験から明らかなのは、米軍基地は経済の阻害要因でしかなく、返還地利用によって沖縄は飛躍的に発展したことだ。
 軍用地料の収入や基地従業員の所得など返還前に得ていた経済取引額と、製造業の売上高といった返還後の経済取引額を比較した「直接経済効果」は北谷町の桑江・北前地区で108倍、那覇新都心地区で32倍と跳ね上がった。
 安倍政権は地方創生を掲げ「多様な支援と切れ目のない施策」を打ち出すという。ならば沖縄の自治を尊重し、「平和を希求する」島づくりにこそ手を貸すべきではないか。
 国内外から多くの観光客が訪れ、アジアの玄関口として物流拠点としても期待される沖縄なら、日本経済のけん引役となり得る。いつまでも「基地の島」であることを県民は望んでいない。
 安倍政権は集団的自衛権の行使容認をはじめ、憲法を骨抜きにしている。民意を顧みない姿勢は沖縄への強権的態度と通じる。こうした時代だからこそ、屋良建議書が重視した「自治」を県民の手に取り戻すきっかけの日としたい。
英文へ→Editorial: Forty-four years after reversion, Okinawa must decide its own future