岸田文雄首相は9月の自民党総裁選に立候補しないと表明した。自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件で責任をとり、不出馬によって「けじめ」をつける考えだ。2021年10月に発足した岸田内閣は総裁選後に退陣する。
低支持率に表れた国民の政治不信、「岸田首相では次期衆院選は戦えない」という党内の不満に押され、進退窮まったと言えよう。しかし、不出馬が裏金問題の「けじめ」となるかどうかは、最終的に国民が判断することだ。
総裁選不出馬を表明した記者会見で岸田首相は「今回の自民党総裁選では党が変わる姿を国民の前に示すことが必要だ。自民党が変わると示す最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と理由を述べた。
このような説明は自民党内で通用したとしても、国民は納得するだろうか。自民党は裏金問題の真相究明に及び腰だった。衆参両院の政治倫理審査会に出席した派閥の会計責任者らの証言は終始核心部分を避けた。改正政治資金規正法も「抜け穴だらけ」と批判される始末である。
不出馬で岸田首相は「自民党トップの責任」を果たすつもりであろう。しかし、国民の目には自民党政権の延命策に映るのではないか。岸田首相や総裁選立候補に意欲をみせている議員はそのことを肝に銘じるべきだ。
国民の不信を買ったのは「政治とカネ」の問題だけではない。22年7月の安倍晋三元首相銃撃事件をきっかけに自民党を中心とした政治家と旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の根深い関係が浮き彫りとなった。この「政治と宗教」の問題も未解決だ。
岸田政権が戦後日本の防衛政策を転換したことは重大である。これによって隣国との緊張が高まれば、最も大きな影響を受けるのは沖縄だ。
敵基地攻撃能力(反撃能力)の保持を認める安全保障3文書の閣議決定で、防衛政策は「専守防衛」から逸脱した。27年度までに43兆円という巨額を投じて防衛力が増強される。岸田首相は今月に入り、憲法9条への自衛隊明記に関する論点を整理するよう自民党に指示した。いずれも憲法が定める「平和主義」を基底とした「国のかたち」を大きく変えるものであり、県民生活を揺るがしかねない。
政権発足時、岸田首相は「国民の声に耳を傾けて丁寧で寛容な政治を進めていく」と語っていた。しかし、沖縄にとっては県民の声を聞かず、丁寧さに欠く極めて不寛容な政権であった。辺野古新基地建設での強硬姿勢はその象徴だ。沖縄に厳しい態度で臨んだ岸田政権に県民は不信の目を向けている。
政治への信頼を失墜させた自民党の責任は極めて重い。9月の総裁選では信頼回復に向けて政治は何をなすべきか徹底議論を求めたい。野党や国民が望むならば、信を問うための総選挙も必要だ。