<社説>電通事件初公判 過労死ない社会、早期に


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 何のために働くのか。命を縮めるほどの働き方を許してもいいのか。過重労働の罪深さを世に問い直すきっかけとなった電通違法残業事件の初公判が東京地裁で開かれた。

 事件を機に、働き方改革の議論が加速したものの、衆院解散により関連法案が国会提出できない事態になっている。政府の本気度が疑われる。
 一方、企業にも労働環境の改善が突き付けられている。長時間労働はいまだに多く、過労死のない社会に向け、早急な対策が求められる。
 電通は、新入社員・高橋まつりさん=当時(24)=の過労自殺が法人として労働基準法違反罪に問われた。高橋さんの残業時間は過労死ライン(月80時間)を大きく超える105時間だった。
 違法な長時間労働事件の場合、従来は略式命令で罰金刑を科す例が一般的だったが、今回は裁判所の判断で異例の正式裁判に切り替えられた。
 過重労働の問題を放置できないという世論の高まりを受け、裁判所も姿勢を改めたのだろう。今年は他の企業の違法残業事件2件でも正式裁判が開かれている。
 電通事件では検察側の冒頭陳述で、全社的に長時間労働が続いていた実態が明らかにされた。2014年度には労使協定(三六協定)の上限50時間を超えて働く社員が毎月1400人前後、15年4月以降も毎月100人以上いた。
 電通は1991年にも入社2年目の社員が過労自殺し、最高裁は会社側の責任を認めた。訴訟をきっかけに自殺を労災認定する要件が緩和され、14年には過労死防止法が施行された。
 出廷した山本敏博社長は起訴内容を認め謝罪した。公の法廷で企業トップの責任を追及して謝罪を引き出したことは、他の企業への強い警鐘にもなるはずだ。
 厚生労働省によると、16年度に過労死と労災認定されたのは107人、過労自殺(未遂含む)は84人。だが、氷山の一角との指摘もある。今も命に関わるほどの過重労働に苦しむ人は多い。古くから長時間労働を是としてきた日本の企業に巣くう病と言える。
 安倍政権も重い腰を上げ、働き方改革を「最重要課題」に掲げていた。残業規制を柱とした「働き方改革関連法案」を秋の臨時国会に提出する予定だったが、突然の衆院解散で先送りした。
 19年4月の施行予定が遅れる可能性も出てきた。政局優先で、国民の抱える深刻な問題を後回しにした判断だ。
 法案には、高収入の専門職を残業代支払いの対象から外す「高度プロフェッショナル制度」(残業代ゼロ法案)も含まれる。過重労働に歯止めが利かなくなる恐れがある。残業規制制度だけは切り離して早期に導入すべきだ。
 本来は働くことに自己実現、生きがいを感じる働き方が理想的だ。その実現に向けて、企業、行政、社会の本気の取り組みが求められる。