<社説>大相撲の女人禁制 固執せず議論する好機だ

 角界がまた揺れている。「女性は土俵に上がってはいけない」という大相撲のしきたりの是非を巡り、再び議論が起きている。

 「伝統は守るべきだ」「女性差別だ」と賛否がある。日本相撲協会は女人禁制を見直す考えはなく、かたくなな姿勢だ。だが、「伝統」に固執するだけではなく、本質的な議論を始める時期に来ている。
 きっかけは、4日に京都府舞鶴市で行われた春巡業だった。土俵上で倒れた市長に救命処置をした女性看護師に対して、土俵から下りるよう促す場内放送が流れた。
 人命よりも伝統を優先するのかと協会は強い批判を浴びた。協会は若い行司が動転していたと釈明する一方、不適切な対応を認め、謝罪した。
 当然だろう。人命を軽視したと指弾されても仕方ない。社会常識に照らしても解せない行為だった。
 協会は緊急時の対策を検討していく方針だ。しかし、表面的な改善だけで終わらせてはいけない。女人禁制をどうするか。本質論に踏み込んだ改革案を考えていくべきだ。
 6日には兵庫県宝塚市の女性市長が土俵上でのあいさつを希望したが、協会に断られた。市長は土俵下で「変革する勇気が大事。伝統を守りながら、変えていくべきは変えていってほしい」と訴えた。
 協会は「舞鶴での問題と、女性を土俵に上げる上げないは別の問題」と切り離す考えのようだ。これに対し、静岡市長が「全国の市長が土俵の上であいさつできるよう、21世紀の中で変えていただきたい」と改革を訴えた。
 8日には、静岡巡業の一環のちびっこ相撲で女子児童が参加を認められなかった。昨年までは出場できていたのに、この判断も不可解だ。
 過去には女人禁制が壁となり、1990年に森山真弓官房長官、2000年には太田房江大阪府知事が土俵に上がるのを拒まれた。
 女人禁制は古くからのしきたりと言われるが、日本書紀には女相撲が記され、江戸時代には女相撲も盛んだったとされる。土俵の権威付けのため、明治期から女人禁制が始まったとの指摘もある。いつからの伝統なのか、根拠は何なのかも冷徹に検証すべきであろう。
 外国のメディアは今回の騒動を「女性差別の慣習」と批判的に報じている。
 そもそも、日本相撲協会は公益財団法人である。国から税法上の優遇措置を受けている公的団体が、理不尽な女性排除を掲げ続けていいのか。
 「伝統」が「因習」になってはいけない。教条主義に陥らず、大相撲の何を守り、何を変えていくのかを真剣に考えるべきだ。
 後世まで国民に愛される国技であり続けるために、協会には社会の意識の変化に対応し、国民の声に真摯(しんし)に耳を傾ける姿勢が求められる。
 この機会を逃さず、本格的な議論を始めてほしい。