<社説>市長に無罪判決 「供述頼り」の捜査見直せ


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 供述頼りの捜査、捜査機関の見立てに沿った自白を引き出す危うさに対し、司法が厳格な判断を示した。

 浄水設備導入をめぐり、就任前に金銭を授受したとして、事前収賄などの罪に問われた岐阜県美濃加茂市の藤井浩人市長に対し、名古屋地裁が無罪を言い渡した。
 判決は検察側が唯一の直接証拠としていた贈賄側業者の供述の信用性を認めず、検察官の意向に沿って虚偽の供述をした可能性まで指摘している。
 全捜査機関に供述頼りの捜査の見直しを促す重い判断と受け止めねばならない。
 客観的証拠が少ない増収賄事件で自白は「証拠の王様」とされてきたが、その時代は終わりを告げている。捜査機関は供述以外の客観的な証拠が重視されつつあることを自覚すべきだ。
 藤井市長は市議だった2013年3~4月、市職員に浄水施設の導入を働き掛けることの見返りに業者から計30万円を受け取ったとして、逮捕・起訴された。
 別の大型融資詐欺事件で逮捕されていた贈賄側業者が取り調べで金を渡したことを認めた。現金のやりとりの直接の証拠はなく、業者の自白の信用性が争われた。
 名古屋地裁は、現金を受け渡した際の会話内容や同席していた人がいたかをめぐり、業者の証言が変遷したことを重く見た。業者の口座記録、市長と業者のメールのやりとりに関しても現金授受の裏付けになり得ないと判断した。
 供述以外の客観的証拠が乏しい状況の下、愛知県警の捜査には無理があった。全国最年少市長の収賄事件を手掛けたいという“野心”にとらわれた面もあろう。
 判決は、業者側が詐欺事件の余罪追及を免れるために検察と取引したという弁護側の主張は採用しなかったが、検察側に過度に迎合して供述した疑いが拭えないとしている。異例のことだ。
 密室の取り調べでは、捜査機関が見立て通りの供述を迫る悪弊が指摘されている。その見返りに保釈を認めたり、別の事件の捜査に手心を加えたりすることは、導入が検討されている司法取引を先取りする危険な手法である。今回の事件は司法取引の危うさも照らし出した。
 行き過ぎた捜査を防ぎ、供述の信用性を担保するためにも、密室の取り調べを録画・録音する全面可視化の導入を急がねばならない。