<社説>孤立する妊婦 救いの手を差し伸べよう


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 妊娠の悩みを誰かに打ち明けていたら、相談窓口の存在を知っていれば悲しい結末を避けることができたのではないか。貴い命を救うことができなかった今回の事態が悔やまれてならない。

 勤務先の病院のトイレで出産したばかりの男児を殺害したとして母親が逮捕、送検された。苦悩する妊婦を支える態勢の充実と周知は急務である。
 女性の支援に携わる関係者は「誰にでも起こり得る」と警鐘を鳴らす。厳しい状況下で妊娠し、孤立する女性の不安定な心理状態を指してのことだ。
 出産直後の子どもが遺棄されたり、遺体となって発見されたりした事案は過去にもあった。今回の事件を「特異な事例」として片付けるわけにはいかない。
 県や医療機関は妊婦の相談窓口を設けている。従来から活動している県女性相談所に加え、県女性健康支援センターが2014年4月に相談業務を始めた。県助産師会も「親と子のなんでも相談」を設け、悩む妊婦に対応してきた。
 それでも苦悩する妊婦を孤立から救い出すことができない実態がある。県によると、出産するまで医療機関に行かず、母子手帳の交付を受けなかったケースが12年度に33件確認されている。今回の事件でも、女性は妊娠していたことを周囲に伝えていなかった。
 陣痛が始まり、初めて病院の診断を受ける「飛び込み出産」が後を絶たない。妊婦の無受診を放置すれば、今回のような最悪の事態を招く恐れがある。それを避けるためにも相談窓口の存在をさらに周知し、孤立する妊婦に情報を届ける必要がある。
 10代の中絶率が高い状況などを勘案し、妊娠に関する悩みの相談を受けている大分県の「おおいた妊婦ヘルプセンター」の取り組みが参考となる。本県の相談窓口も、妊婦の相談に応じていることを強く打ち出していい。
 悩みを抱えた妊婦が孤立状態に陥る背景に、根強い「母性神話」の存在が指摘されている。女性のみに出産や子育ての負担を過剰に背負わせるような実態があるのなら、改めなければならない。
 「思いがけない妊娠」に苦しむ妊婦に救いの手を差し伸べ、出産、育児を支えよう。救えるはずの命を救えない「社会の貧困」を見過ごしてはならない。今回の事件を機に、そのことを深く自覚したい。