<社説>広島原爆70年 核禁止へかじを切れ 思考停止脱し自主外交を


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 人類初の被爆、広島原爆の日からきょうで70年を迎えた。一瞬にしておびただしい人命を奪った史上最悪の兵器だ。そのむごたらしさを思い起こせば慄然(りつぜん)とする。

 この節目の年に戦後営々として守った平和憲法を骨抜きにする安保法案が衆院で強行採決された。唯一の被爆国が、原爆投下国、世界最大の核兵器保有国と軍事同盟を深め、他国との戦争も可能にするというのである。核廃絶と平和への願いが、これほどないがしろにされた年はあっただろうか。
 世界に目を転ずれば、非保有国の核禁止要求は強まっている。むしろ日本はこの国々と連携し、核禁止へ大胆にかじを切るべきだ。

世界市民を危険に

 核廃絶をめぐる人類の足取りは一進一退だ。オバマ米大統領は2009年、「核兵器なき世界」を目指すと演説し、翌年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は64の行動計画を立てた。だが機運は急速にしぼんだ。行動計画は大半が実行に移されずじまいである。
 だが今年、世界は再び核廃絶への機運を高めた。非保有国のオーストリアが核禁止に向けた議論を強く促したからだ。同国は昨年、核兵器がもたらす非人道的結末に関する国際会議を主催し、核兵器禁止への努力を誓う文書「人道への誓約」を発表した。今年4月のNPT再検討会議で賛同を募り、100カ国超が賛同した。
 「いかなる状況でも核兵器が二度と使われないのが人類の利益」と記す文書だ。賛同できぬ理由がどこにあろう。だが米ロなど核保有五大国は核の非合法化・禁止を警戒し、段階的核軍縮を主張。「禁止」の文言は消え、核弾頭数の報告を促す部分もあいまいになった。こうして骨抜きにした最終文書ですら採択できず、会議は決裂という最悪の結末を迎えた。
 非保有国のいらだちは深い。「核の抑止力こそが世界戦争を防いできた」とする五大国に対し、「一部の国の安全を保障する一方、圧倒的多数の世界市民を危険にさらしている」と批判している。
 残念なのは日本政府の姿勢だ。核廃絶論議を先導したオーストリアの役目は、むしろ唯一の被爆国が果たすべきだったはずだ。だが日本はこの核禁止の文書に賛同しなかった。「核の傘」の下にあるから、と米国に過度に配慮した結果だ。これで表向き核廃絶を唱えても、いったいどこの国が信用するだろう。
 米軍基地問題にも通底する思考停止の対米追従がここにも表れている。廃絶の絶好機を逸したのが残念でならない。20万を超す国内の原爆被害者の無念の死に、政府は顔向けできるだろうか。

教訓捨てる再稼働

 政府はこの夏、安保法制を成立させようと躍起だ。一方で原発の再稼働も進めようとしている。九州電力川内原発1号機が10日にも再稼働する。
 原爆の恐ろしさは熱線と爆風だけではない。放射能こそ危険だ。
 戦後、占領軍は放射能の被害を隠そうと被爆者の治療を妨害したことが米国の公文書で明らかになっている。原爆は特別な兵器でないと強弁する米国の利益のため、恐るべき放射能の印象が薄められたのだ。その後日本は米国の望む通り「原子力の平和利用」、すなわち原発推進に突き進んだ。その結果が原発事故である。
 人類には制御できない原子力の恐ろしさを、日本は原爆、原発事故という形で繰り返し経験しているのだ。再稼働はその教訓をかなぐり捨てる姿にほかならない。
 猛暑がピークに達している現時点で、原発を稼働しなくても電力は十分にある。それなのにやみくもに再稼働させるのは非合理的と言うほかない。米国の望む通り振る舞うばかりの「思考停止」が、ここにも具現化している。
 「核の傘」への信仰も対米追従も立ち止まって考え直すべきだ。思考停止を脱して「核なき世界」へ自主外交を展開することこそ、被爆者に報いる道ではないか。