<社説>米軍ヘリ墜落 いつまで災い続くのか

 天から災いが降ってくることは、沖縄では空想の類いではない。沖縄戦から70年もたつ。いったいどれほどの時間を不安のままで過ごさねばならないのだろう。

 米陸軍のヘリコプターMH60が浜比嘉島の東の海域に墜落した。本土復帰から43年で46回目の墜落だ。年1回以上も墜落があり、着陸失敗などを含めると43年で540件を超す。こんな地域が他にあるだろうか。
 折しも菅義偉官房長官が来県し、辺野古新基地建設をめぐる県との集中協議を始めたまさにその日の墜落だ。皮肉と言うほかない。
 他県では絶対にあり得ない事態を沖縄に強いている事実。それをまず菅氏は直視すべきだ。その事態を真の意味で取り除くすべは何なのか、虚心に考えてみるがよい。そうすれば、同じ沖縄県内に代替基地を造ることが「負担軽減」などであるはずがないことは、くっきりと見えてくるだろう。
 政府はまず同型機の飛行中止を求めてもらいたい。自国民の安全を確保するのは、他国では当たり前の、最低限の要求である。
 そもそも事故原因の特定と再発防止策確立までの飛行中止は、民間機なら当たり前の話だ。何も特別な要求ではない。
 イタリアでは国内の米軍基地を飛び立つ米軍機はその都度、イタリア当局に申請し、許可を得る。米軍の重要な行動は全て事前にイタリア軍に伝えることになっている。事故を起こした同型機の飛行再開が、イタリア政府の許可なくして行われるはずがない。
 それが日本では平然となされている。米軍による基地の使い方に、日本政府が一切口出しできないこと自体、世界史的に見ても異常なのである。植民地そのものだ。戦後70年も経てなお植民地であり続けていることがおかしいのだ。
 同じ文脈で、事故の検証も日本側が主体的に行うべきだ。ドイツでは国内の米軍基地内もドイツ法を適用する。米軍人・軍属が事件事故を起こせば、ドイツ当局は基地内にも踏み込んで捜査する。同じ敗戦国なのに、いつまでも植民地扱いを許しているのは日本だけなのである。
 不幸中の幸いで墜落は洋上だったが、陸上で起きてもおかしくなかった。その危険度を減らすには、飛行場や常駐機、外来機の絶対数を引き下げるしかない。米軍基地の県内移設の不合理は、その意味でも歴然としているのである。