<社説>第1回集中協議 どちらに道理があるか


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 隔たりのある主張の内容自体が、象徴的な意味を帯びていた。

 辺野古新基地建設をめぐる政府と県の第1回集中協議での翁長雄志知事と菅義偉官房長官の発言のことである。菅氏は、普天間基地の県内移設を決めた1996年の橋本・モンデール合意が原点だと述べた。一方、翁長知事は、沖縄戦時、住民が避難している間に強制接収したのが原点と訴えた。
 この違いは象徴的だ。日米合意を重視する菅氏の発言は、両政府の決定だから沖縄も従えという意味であろう。これに対し翁長氏は、沖縄戦以来の長い軍事植民地状態を問題視している。人道に照らして何が正義なのかと訴えているのである。
 歴史の射程の長さが違う。覚悟が違う。どちらに道理があるかは、火を見るより明らかだ。
 知事は「自分が奪った基地が世界一危険になり、老朽化したから、またおまえたち(沖縄)が出せとは、こんな理不尽なことはない」と述べた。沖縄が強いられる理不尽を的確に表したと評していい。
 安全保障についての論点の深さも際立っていた。日米両政府は海兵隊が沖縄に駐留する必要性の根拠として機動性・即応性を挙げるのが常だ。しかし知事は、海兵隊員の移動手段である強襲揚陸艦が佐世保を母港としていることに触れ、揚陸艦と一体でない沖縄駐留は機動性を欠くと指摘した。
 沖縄に基地が集中する現状では、中国のミサイルわずか1、2発で全軍が壊滅的な被害を受けかねない。知事は、そうした脆弱(ぜいじゃく)性に関する米側専門家の見解も紹介した。沖縄への基地偏在の軍事合理性欠如を論理的に指摘したのである。
 これらの論点に対し、これまで日本政府は何一つ論理的な反論を行っていない。この日も菅氏は全く言及しなかった。むしろ、言及できなかったのであろう。
 菅氏は、辺野古移設が普天間の危険除去だと強調するばかりだった。だが、これが沖縄の危険除去になどならないことは、この日のヘリ墜落が実証している。これで「危険除去」などと、菅氏は自ら発言して忸怩(じくじ)たる思いが湧かないのだろうか。
 知事が言う通り、政府が負担軽減の証しとする嘉手納より南の基地返還が実現しても、米軍専用基地の沖縄への集中度は73・8%からたった0・7ポイントしか減らない。もはや県内移設をのませる材料はどこにもないと政府は悟るべきだ。