<社説>ひとり親家庭支援 微温的に過ぎないか


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 子どもの貧困対策は喫緊の課題だ。とりわけひとり親家庭では深刻な問題で、対策充実を急ぎたい。

 政府はひとり親家庭や多子世帯の自立支援策をまとめた。うなずける部分も多いが、不十分と思われる施策も目立つ。
 日本の子ども向け財政支出の少なさが指摘されて久しい。未来を見据えるならその充実は当然のはずだ。子どもは生まれてくる環境を選べない以上、子どもの貧困は自己責任などではなく社会の責任だ。社会の無策のつけを子どもに負わせていいはずがない。もっと大胆に抜本的な対策を講じてもらいたい。
 貧困世帯とは平均的な所得の半分以下の世帯を指す。日本はその割合が2012年に過去最悪の16・3%に達した。米国(2010年時点)より高い。貧富の差が激しい米国より、実は日本の方が低所得層が多い格差社会なのだ。
 経済協力開発機構(OECD)の2000年代半ばの調査では、日本の貧困率は加盟国中4番目に悪く、ひとり親世帯に限ると最も悪い。当時より貧困率は高まったからさらに悪化しているはずだ。
 OECDによると、08年の教育機関への公的支出は、財政支出全体に占める割合で見ても国内総生産(GDP)比で見ても、加盟国中最も低いのは日本だ。日本のひとり親家庭の子どもたちは、先進国中、最も支援が必要なのに、最も助けてもらえてないのである。
 世帯収入と学力は相関関係があるとされる。貧困は社会的孤立や非行とも関連が深い。すると成人後も貧困に陥りやすく、「貧困の世代間連鎖」を招くのである。
 世代間連鎖は階級社会をつくる。すると社会への不満は蓄積する。能力向上の機会が不均等であることが何より問題だ。次世代の本来の能力を貧困のために伸ばせないとしたら、社会にとっても損失だ。だからこそ子どもの貧困対策は最優先で取り組むべきなのである。
 今回の対策で政府もようやく重い腰を上げた形だ。学童保育終了後の居場所を年間延べ50万人分整備するほか、児童扶養手当や大学生の無利子奨学金の拡充もうたう。方向性はうなずけるが、微温的に過ぎないか。
 生まれる場所によって支援の有無があってはならない。それなら「居場所」は全学校区で設置するのが論理的必然だ。奨学金も、貸与でなく給付型にし、かつ希望する全員に出すべきであろう。