<社説>首相の無投票再選 「自由民主」の名が泣く


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 自民党総裁選で安倍晋三首相が無投票で党総裁に再選された。選挙戦で多くの政策課題が議論される機会が失われたことになる。国民にとって非常に不幸なことだ。

 総裁選では党内の7派閥全てが首相支持を打ち出した。対立候補が現れない中、野田聖子前総務会長が立候補に意欲を示し、直前まで模索していたが、立候補に必要な20人の推薦人を確保できずに断念した。
 無投票再選について首相は「衆院選公約を進めていくさなかで、一致結束していこうという多くの議員の考え方の結果だ」と誇ったが、実情は異なるようだ。
 首相官邸側は、野田氏の推薦人にならないよう関係議員に圧力をかけたとされる。首相が今国会成立にこだわる安全保障関連法案の審議が参院で大詰めを迎えている中、選挙戦になることで審議日程に影響が出ることを懸念したためだ。事実だとすれば極めて遺憾だ。
 総裁選を通じて本来、「開かれた党」をアピールできたはずの自民にとっても、今回の無投票はマイナスではないのか。何よりこれまで、多様な価値観を包み込み、自由闊達(かったつ)な議論を保障する政党だと強調していたはずだ。
 自民党総裁選で、告示日に立候補が1人だけで無投票再選されたのは1997年の橋本龍太郎元首相以来だ。今回は総裁選を前に、派閥の領袖(りょうしゅう)らが早々と首相支持を表明していた。首相再選を前提に、秋の党役員人事や内閣改造をにらんだ判断とされる。だとすれば、あまりに嘆かわしい。
 官邸が無投票再選を重視した背景に、総裁公選規程の改正を指摘する見方もある。今回から国会議員票と地方票が同じ比重となったが、安保法案に対する国民世論の反発が強いことから、地方から「反安倍」票が相次ぐことを警戒したとみられている。
 総裁選での透明な議論を通し、重要政策や国の在り方を国民に分かりやすく指し示すことこそが政権政党の役割ではないのか。これでは「自由民主」の党名が泣く。
 焦点の安保法案の他にも、正念場を迎えている経済運営や外交政策、そして辺野古の新基地建設など課題は山積している。今回、400人余りの自民党の国会議員は首相「1強」の前に沈黙した形だが、国民が白紙委任したわけではない。首相と自民党はそのことをはき違えてはならない。