<南風>唐草


社会
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 久しぶりの沖縄県立博物館美術館で、悠久のシルクロード展を見た。平山郁夫の画に目見えるのも随分で感慨深く、展示の文物も違って見える。スフィンクスがシルクロードをたどり日本でこま犬になったという吉村作治の解釈を、ペルシャの獅子像が物語る。祭りの獅子舞の胴に描かれた渦巻模様が、雄獅子の巻き毛であることに思い至るなどして楽しんだ。

 昼食には沖縄そばを取った。料理法も材料の小麦も、屋根のシーサーも、シルクロードで伝来した。人・物・事が往来して歴史は作られ、時とともにその土地ごとに新たな解釈と表現を与えられてゆく。私たちはその共通点から起源を探り、人が作り出す多様性に感動する。これは事物を表現するばかりでなく言語化する過程にも現れる。

 昼下がりの散策を兼ね、年来お付き合いがある壺屋の姉さんを尋ねた。かつて娘が絵付け文様について聞いた折には、迷ったら唐草と言っておきなさいと、伝来を背景に大胆で的確な助言をくれるなどした。

 お茶をいただきながら、民芸運動の河井寛次郎が壺屋の窯に、傘立てとして厨子かめを注文した話などを聞かせてくれた。民芸運動で求めた用の美の先には用いる人がいて、使い勝手が物の表現に現れ、用いる愛着として語られる。ただコピーすれば良いのではないし、人の暮らしを映して新しく加えていくことも大事だと。

 茶飲み話は朝のドラマにも及び、復帰の時に円とドルが同時に使えて、コーラは1セントで、5セントと50円が一緒では商売にならなかった話などを聞くことができた。今と昔でどちらが暮らしやすいか聞かれて、今が一番さと答えたというのがもっともに聞こえた。

 展示物に勝利の女神像があった。ギリシャ語でニケ、英語でナイキ。あの企業のロゴは翼だと気づいた。
(中野義勝、沖縄県サンゴ礁保全推進協議会会長)