<南風>1秒先を変える勇気


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 ある日の余暇時間、一人の生徒が、教室の隅を指し示し「先生、ごみが落ちてます」と申し出てきた。僕は、「それで?」と聞き返した。彼は、きょとんとした表情で僕を見つめた。

 数秒後、僕は黙ってそのごみを拾い、ごみ箱へ入れた。そして、彼の元へ戻り「さっきのごみを見つけた瞬間、どんなことを考えた?そして、1秒後、その考えは、どんなふうに変わっていた?」と質問した。
 彼は、「拾った方がいいなとは思いました。けど、落としたのは自分じゃないし、自分が拾う必要はないと思いました」と答えた。
 僕は、口元で笑顔をつくった後、彼に伝えた。「人間には、直感的に働く良心があるんだよ。けど、1秒もたてば、正反対の心が顔を出す。だから、善いと思ったら、思った瞬間に実行する勇気を持つんだ」
 人間は、未来をより善いものにしようと考える生き物だ。素晴らしい性質だが、遠くを見るあまり、時に目の前の課題をおろそかにしてしまう。1年後、1か月後が未来であるように、1日後だって立派な未来だ。じゃあ、1秒後は?やはり未来に違いない。ならば、まずは1秒先の未来を変えるのだ。1秒先を変え続ける勇気の先に、1年後の美しい未来が待っているのだと僕は信じている。
 数週間後、廊下に落ちていたごみを黙って拾い、ごみ箱に入れる彼の姿を目にした。じっと見つめていた僕の視線に気付いたのだろう、直後に互いの目が合った。僕がウインクすると、彼は照れるように笑った。そして、心なしか数週間前より凛々(りり)しい表情で、僕にブイサインをして見せた。
 目の前のごみを拾うことも、見知らぬ人にあいさつすることも、心を開いて素直になることも、全て「勇気」。子どもたちに伝えてきたこと、それは、遠い未来でなく、1秒先を変える勇気を持つこと。
(武藤杜夫、法務省沖縄少年院法務教官)