<南風>戦前の修身教科書


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 中学1年生の夏、新聞配達の途中、ゴミ置き場から戦前の修身の教科書を拾った。題名は「実業修身巻四」。昭和9年富山房出版、東京帝大教授ら2人の共著。今では珍しい和とじで140ページ、18課から成る。

 巻頭に「天祖の神勅」、五カ条の「御誓文」「教育に関する勅語」などが置かれている。内容は第17・18課を除いて徹頭徹尾忠君愛国。君のため、国のためには一身をささげることこそ臣民の本分であるとの教えで一貫している。戦後の民主主義教育を受けた者には全く受け入れられない内容で、戦慄(せんりつ)さえ覚える。

 本で興味深いのは全編を通し写真がたった1回きり17課にしか出てこない。それも人物の顔写真である。しかもそれは日本人ではない。アメリカ人なのである。戦前の日本では英米人は紅毛碧眼(こうもうへきがん)の鬼畜であると聞かされてきたから、戦前の修身の本にたった一つ載った写真の人物がアメリカ人であることに大変驚いた。

 そのアメリカ人とは自動車王ヘンリーフォードである。本書では24ページ、実に紙面の17%をフォードに費やしている。

 フォードは農家の生まれで小学校しか出ていない。機械好きで、16歳の時に機械の都デトロイト市に出て機械工場で働き、基礎を築いた。十数年の努力の末にガソリン自動車の発明に成功し、合理的、科学的システムで流れ作業による大量生産を実現させ近代産業を発展させた。フォードを理想の事業家と絶賛し、我々も学ぶべしと結んでいる。

 ところで結果から見ると、戦前この教科書を国民に与えた日本の指導者たちは、フォードから何も学んでいないといえる。フォードの「科学的経営法」がアメリカを一躍巨大な近代産業国家に成長させたのであるから、学んでいればアメリカを敵に回して無謀な戦争になど突入しなかったはずだからである。

(澤田清、澤田英語学院会長 国連英検特A級)