<南風>思い出が背中を押す


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 バブルの頃、ガソリンスタンドでヨーロッパ旅行の懸賞が当たり、音楽の都ウィーンを訪れた。ちょうどクリスマスシーズンの頃で、寒さには閉口したが、ウィーンはまるで「おとぎの国」。どこへ行ってもクリスマスソングが聞こえ、美しい景色を見ておいしいものを食べ、同行した友人と語り明かした。ただひとつ残念だったのは、帰る日の前日に財布を失くしてしまったことだ。人混みのクリスマスマーケットで落としたのか盗(と)られたのか。でもまぁ、何とか無事に帰国できた。家事も育児も離れて過ごしたあの夢のような一週間は、生涯忘れられない大切な思い出となった。

 私たちの思い出には、楽しいものもあれば辛(つら)いものもある。いろいろな世代や経験を重ねた人を調査した結果、どの人にも楽しい思い出が6割、中間的な思い出3割、辛い思い出が1割だったとのこと。人は苦楽の記憶を心の中で整理し、誰もが6割の楽しい思い出をつくっているのだ。
 死別体験も悲しみに満ちた苦悩だけではない。先立った愛する者と楽しく笑い合ったひとときは、死別直後には思い出せない。それでも故人を偲(しの)びながらその記憶をたどれば、共に過ごしたかけがえのない時間がよみがえる。久しぶりに味わう幸福感は、脳を活性化し前向きな気持ちを呼び起こし、厳しい現実に立ち向かう勇気を生み出す。
 故人が好きだった景色を目にしたとき、好んでいた音楽をふと耳にしたとき、あふれ出る感情は懐かしみや思慕とともに、あたたかな慰めと励ましをもたらす。また風景や曲そのもののメッセージが、自然に導いてくれることもある。
 故人と過ごした日々をふりかえり、その幸せをかみしめたら、新たな力に満たされてくる。その思い出に「どんなときもあなたらしく」と背中を押されて、力強く生きていこう。
(関谷綾子、グリーフワークおきなわ)