<南風>アズベリーパーク再訪


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 アズベリーパークというアメリカ東海岸、ジャージー・ショアと呼ばれる一角の田舎町を最初に訪ねたのは2003年の夏のこと。ブルース・スプリングスティーンというロック歌手のホームタウンということが唯一の理由だった。

 前年に出たアルバム「ザ・ライジング」では、「9・11」からの再起が、人々に寄り添うように優しく、そして力強く歌われていた。あらためて過去の作品も聴いて、彼の歌の背景にある町を訪ねたいと思った。
 アズベリーパークは、マンハッタンから車で約2時間。目の前に広がるのは典型的なアメリカのスモールタウンの風景だ。大西洋に面したビーチ沿いにはボードウォーク(木道)が続く。ボロボロのコンベンションホール、廃虚のようなカジノ跡。かつては一大リゾートとして賑(にぎ)わったが、客は近郊のアトランティック・シティーに奪われた。でも、その風景や言葉を交わした人たちは、彼の音楽で出会った場面や登場人物のようで、愛(いと)おしささえ感じた。
 昨年夏、再びこの町を訪ねた。コンベンションホールはリノベーションが施され、ボードウォークは人であふれ、名物の占い屋には長い行列。バーの男は話す。「4、5年前に店を始めたけど、その頃からこんな風だ」。何かが大きく変わったらしく、12年前の話には驚いたフリをした。
 夜、一週間ほど前にスプリングスティーンがふらりと出演したというバーを訪ねた。根拠のない期待を胸に、万が一にも顔を合わせることがあれば、伝えたいことがあった。客席はまばらで、ステージではシカゴから来たバンドが演奏していた。ビールのグラスを重ねたが、待ち人は現れなかった。
 外に出ると夜風が熱を冷ますように吹き抜けていった。
(野田隆司、桜坂劇場プロデューサー・ライター)