<南風>牛肉より旨いらしい…


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 松の内にミケランジェロ・アントニオーニ監督の『さすらい』を観(み)た。「愛の不毛」にさまよう中年男が題材のこの作品は世の該当者連の自己憐憫(ウチアタイ)が半端ない。名匠の故郷、北イタリアのポー河流域で展開するあるシーンが意表を突く。主人公の雇い主は南米で一旗あげた成り金だが、従業員が捕まえた獲物を食べながら、ひとくさり珍味談義が始まる。

 「ハリネズミの肉は堅いな。カバはまるでバターのように柔らかかったが。あとイグアナも旨(うま)かった」
 わたしは、これを横目に昔、琉大の動物解剖学の教授がささやいた言葉がむくむくと頭をもたげた。
 「カピバラの肉は牛肉より旨いらしい」
 半信半疑の積年の鬱積(うっせき)を霧消すべく「さすらいの健啖(けんたん)家」に解答を求めた。枕頭の『開高健の博物誌』をめくると、早速「カピヴァラ」の項が見つかった。
〈これを日本移民はミズブタと呼んでいるけれど、分類学では、地球上に棲むおびただしい数の齧歯(げっし)族中の最大の種族だとしている。(中略)どうやら多産系らしく、ボートが近づくとおかあさんが四匹、五匹、ときには七匹、八匹、のんきものの子供をひとかためにかきあつめてアタフタきょときょと河へとびこむ〉
 『オーパ!』の抜粋だが、どうやら文豪もキャラ弁にも登場するこの珍奇な動物は未踏破らしい。隣の醍醐麻沙夫著『アマゾン河の食物誌』をのぞくと、かの生物地理学の父と呼ばれたアルフレッド・R・ウォレスが『アマゾン河探検記』でさまざまな悪食をしている。神速でamazonに発注すると、カピバラのほかマナティ、イグアナ、バクも食している。さらに読み進めると、ナマケモノが旨かったとの記述がある…。
 わたしはこの日、二度目のウチアタイをしながら、カピバラを失念し初夢を見るべく寝床に就いた。
(又吉正直、日本獣医師会学術・教育・研究委員会委員)