<南風>ハラボジ…そして黄牛


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 沖縄本島で観測史上初のみぞれが降った。こういう日こそ寒さが売りの映像に限ると独りうそぶいた。

 『牛の鈴音』(イ・チュンニョル監督)は、慶尚北海の奉化(ポンファ)郡を舞台に、「大地を耕し、子を養ったすべての牛と父親に捧ぐ」とある。しかし冒頭からハルモニ(イ婆さん)がハラボジ(チェ爺さん)に対し、悪態罵倒、罵詈(ばり)雑言を浴びせるシーンが延々と続く。
 「何の因果でこんな男に嫁いだのか。16歳で100キロの道をやってきたのに」
 「あの牛は幸せだ。牛には毎日餌をやるのに、私はほったらかし。死ぬまでこき使われるだけだ」
 「こんなおいぼれ牛を飼うのは、あんたの背負う業のようなもんさ」
 頑迷な爺さんは作男として8年働き、その習性で夜明けから畑に出て、休憩は食事中だけ。誰もが耕作機械を使う時代に牛が食べる草のために農薬をまくこともない。幼少の針治療のミスで左脚は鉛筆のようにか細いのだが、地に這(は)いつくばり老牛に鋤(すき)を引かせて田を耕す。そして収穫した新米を子供たちに送ることが二人の心の支えである。
 しかし、ある日かかりつけの獣医から“この40歳の牛は冬を越すことはできないだろう”と告げられる。
 韓国で累計300万人の観客動員を記録し、題字は菅原文太が書いている。
 「国一番の牛だった。病気の体でたくさんの薪(たきぎ)を運んでくれた。自分が死んだ後も私たちが困らないように」と亡くなった牛を嘆くハラボジの声を背景に、無数に高く積まれた薪に粉雪が舞い散るラストシーン。
 息をのむカメラワークの秀逸さ。撮影はチ・ジェウという人らしいが、これはきっと偽名(フェイク)に違いない。
 「風に吹かれる木よりも無口な」亭主と妻が織りなす敬愛を、近未来に出現する透明ドローンが“バック・トゥー・ザ・パスト”して撮ったものであろう。
(又吉正直、日本獣医師会学術・教育・研究委員会委員)