<南風>世に伯楽あり


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 2013年、世界マスターズ陸上で銀メダルを獲得し幸福感に包まれていた。その帰りの機内で、「恩返しに子供たちから中高年、身障者まで、心から走ることを楽しめる陸上クラブを創ろう」と思い、アスリート工房を立ち上げた。

 そして高校時代の恩師である高江洲ヤス先生に挨拶(あいさつ)に行くと、先生は素敵(すてき)な言葉をプレゼントしてくれた。「世に伯楽(はくらく)有りて、然(しか)る後に千里の馬あり。千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず」。世の中に名馬を見分ける名人がいて初めて、千里を走れる名馬が見いだされるという意味だ。
 せっかくの素晴らしい素質を持った選手がいても見抜く力がないと、その才能は発揮されずに消えていく。選手の人生を大きく左右する大事な役割と責任もあるのが指導者だ。
 私自身、25歳の時に相次ぐけがで走れない日々が続いた。そんな中、うるま市で陸上教室が開かれた。そこで人生を変える出会いがあった。伊波雄二さん。伊波さん自身も100メートルの選手で、高校時代活躍していたスプリンター。その伊波さんの陸上競技への考え方に共感して、頼み込んで翌年から本格的にコーチをしていただいた。
 伊波さんの指導は専門的な知識の上に、選手の走りの長所を活(い)かし、かつ心を揺さぶるような言葉でのせてくれる。「俺、どこまでも強くなるな」と自信がみなぎってくる。「練習をたまらなく楽しんでやれていると選手が思えば、コーチングの80%くらいは成功」と伊波さんは言う。その出会いで、その後、県民体育大会10連覇。日本選手権出場、九州選手権優勝など、ポンコツ中古車寸前だった身体が見事に復活した。まさに「世に伯楽あり」。
 アスリート工房の指導スタイルもその伯楽の指導理念のバトンを受け継いでいる。「心から楽しい」と思える環境を創るために。
(譜久里武、アスリート工房代表)