<南風>妄想が導いてくれる


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 36歳、引退していた時期。とにかく仕事も目いっぱいやった。しかし陸上をやっている時に比べ充実感はそうはなく、仕事に集中できるはずなのに効率は悪い感じで、精神的ストレスも絶えなかった。気が付けば体重93キロ。完全な“メタボのおっさん”に変貌していた。これはまずいなと思いダイエットを決行。有酸素運動、最後に50メートルのダッシュ。なんと足がもつれた。

 このダイエットは生活にいい流れをつくる習慣になった。体重も少しずつ減った。他人と比べての優劣、勝ち負けじゃなく自分との勝負。自分の変化、成長が楽しくなってきた。
 そして37歳。「現役復帰しようかな」と皆に相談すると「昔のイメージが崩れるからやめとけ」「指導者に専念してくれ」「歳だから無理だよ」など、ほぼ全員が反対。現役復帰後の初レース、当然、全く走れなかった。スタンドで観戦している陸上部の保護者の方に、「かわいそう」とさえ言われた。しかしそんなことは気にならなかった。
 「40歳以上の日本人で初の100メートルを10秒台で走る選手になる」。このとてつもない妄想のおかげで、毎日がわくわく楽しかった。早く40歳になりたかった。妄想は常識を超える起爆剤になる。そこに身体も心もピントが合ってくる。そしてついに40歳の時、10秒87という日本人、アジア人初の10秒台選手となった。
 いまタイムマシンに乗って36歳の引退中の自分に言ってみよう。「数年後、また陸上界に復帰してるよ」「10秒台で走ってるよ」「最高の仲間と出会い、世界大会で金メダルを獲得しているよ」当時の自分は笑って言うだろう。「絶対うそ!ありえん」
 いま、どこに行ってもたくさんの皆さんが応援して、喜んでくれる。夢への妄想を楽しもう。自分でも想像できない場所へ導いてくれるから。
(譜久里武、アスリート工房代表)