<南風>シダーウッド通り


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 スマートフォンのグーグル・マップで検索すると、テンプル・バーから、シダーウッド・ロードまでは7キロ弱、徒歩で約1時間半と表示された。バスやタクシーという選択肢もあったが、歩いてみることにした。アイルランドの首都ダブリン。冬の足音が近づく空には、重苦しい曇(くも)が垂れ込めていた。

 2014年のある朝、携帯電話にロックバンドU2のニューアルバムの音源が届いた。その方法には賛否あったが、ファンは歓喜した。
 アルバム8曲目。ジ・エッジの叫び声のようなギターのイントロで始まる「シダーウッド・ロード」からは、渦巻くフラストレーションや、ここではないどこか別の場所を求める渇望など、ボーカルのボノのティーンエイジの頃の想(おも)いが透けて見えた。その通りには、彼が10代を過ごした家があったらしい。
 前夜、パブでU2をカバーするシンガーの歌を聴いて、この通りを訪ねてみることを思いついた。
 歩き始めると、どこにいるのかわからなくなるような、風景が広がった。墓地の横を抜け小さな公園を横切り、うねるようにアップダウンする道を歩いた。
 目当ての通りは、何の変哲も無い静かな住宅街にあった。同じ形の一戸建てが並び、通りを歩く人もまばらだった。若い人にとっては退屈で閉塞(へいそく)感でいっぱいの日常があるように感じられた。
 10代の時に抱える退屈ややり切れなさは、ダブリンだろうが沖縄だろうが、どこの町にいても同じなのかもしれない。その中に渦巻く澱(よど)んだ想いに何かの拍子で光が当たった時、歌や言葉が生まれるのではないかと思う。
 酔狂で何の役にも立たない、知らない町での散歩。しかし、その記憶は自分の中の奥深い場所に今も残っていて、時々顔をのぞかせる。
(野田隆司、桜坂劇場プロデューサー・ライター)