<南風>『山羊たちの沈黙』


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 山羊(ヤギ)たちは自信を喪失し、黙り込んでいたらしい。東海林さだおの丸かじりシリーズでは「あまりの臭さに鼻が曲がり、目が曲がり、耳が曲がって顔全体が曲がった」とあり、さとなお著『沖縄やぎ地獄』では、山羊汁は天王寺動物園の畜舎を彷彿(ほうふつ)させるという。あまつさえ、同胞は高血圧の一因を山羊肉に転嫁した。

 無辜(むこ)な彼らを救済すべく、「山羊博士」こと平川宗隆県獣医師会長を旗頭とする山羊狂(フリーク)の三銃士(又吉栄忠・松川善昌・筆者)と博物館友の会辺境サークル一行は2月下旬、3泊4日のリベンジ視察に繰り出した。
 比較文学者の四方田犬彦著『ひと皿の記憶―食神、世界をめぐる』の「台湾の三杯もの」の冒頭。〈わたしには台湾こそが、中華料理を落ち着いて食べるのにもっともふさわしい場所であるように思われる〉。
 著者は台湾料理に欠かせない滷味(ルウウェイ)、九層塔(ガオザンダー)および〓仔煎(オーアーチェン)の味付けを列挙する。滷とは醤油(しょうゆ)と酒、砂糖に桂皮(けいひ)や八角、陳皮、生姜(しょうが)といった香料を加えて煮込んだタレの風味を指す。〈滷味は街角のいたるところに遍在する。まず大衆食堂の店先に並んでいる牛の胃袋や鶏の肝臓、豚の子袋といった内臓類は、この味付けで煮込まれたものだ〉
 桃園市獣医師会の招聘(しょうへい)で訪れた「阿忠羊肉店」はフリーク垂涎(すいぜん)の滷味メニュー(炒羊佛=精巣のない陰嚢(いんのう)だけの炒め物。羊脳骨隨(ヤンナウグゥスウェ)、羊眼睛(ヤンイェンジン)など)が満載で、珍味酒肴にすっかり堪能した。
 沖縄男性の平均寿命30位転落は彼らのせいだと帰結する輩(やから)まで現れ、山羊たちはさぞ無念だろう。しかし、今やセリ価格は上昇の一途をたどり、観光客の淑女熟女が山羊刺しに舌鼓を打つ慶賀のご時世だ。われらは山羊たちの鎮魂を祈り、自らの贖罪(しょくざい)を乞い、山羊の食文化再興に向け、ドキュメンタリー『山羊たちの沈黙』を構想立案中である。
(又吉正直、日本獣医師会 学術・教育・研究委員会委員)

※注:〓は虫ヘンに「可」