<南風>ニューオリンズにて


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 “暑い一日の夕暮れに 逃げ来る人のこの河に 湿った空気は行ったり来たりで チューバの音を揺らします”
 (バンバンバザール「ニューオリンズにて」)

 この歌に背中を押されて、18年ぶりに彼の地を訪れたのは5年前のこと。かつては、やさぐれてどこか影を感じた夜のバーボン通りには、ジャズではなく、ファンクやラテンの陽気な曲が流れ、酔った観光客であふれていた。
 一つ角を曲がった場所にある、古いデキシーランド・ジャズを聴かせるプリザベーションホール。年季の入った建物の壁には、古い音楽のシミがこびりついてるようで、天井のファンは、ホールに残るすえたジャズの香りを撹拌(かくはん)させていた。
 バンドは音響装置を使わずに生音で演奏する。この夜はドラム、ピアノ、チューバ、トランペット、トロンボーン、サックスという編成。トランペット奏者のマーク・ブラアッドは中堅どころの売れっ子らしい。それぞれにキャラの立った世代の異なるミュージシャンたち。ホールに響く生音は彼らの息づかいにも似て、柔らかな演奏の輪郭が、ノスタルジックな空気を醸していた。
 “プリザベーション”には、保護という意味がある。音楽のスタイルは時代とともにアップデイトされてはいるが、この小さな場が続くことで、ニューオリンズのジャズの精神は継承されているのだ。
 観客は静かに音に耳を傾けて、心地よいスイングに身をまかせる。音楽の楽しさを自然に体現するミュージシャンたち。その様子はとても美しかった。
 沖縄にも、正統な民謡が日常的に気軽に安くで聞ける、こうした場があるといいのに。ないなら造る?
 ミシシッピーからの湿った川風を感じながら、そんなことを思っていた。
(野田隆司、桜坂劇場プロデューサー・ライター)