<南風>必然の音楽


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 出勤の途中、AMラジオから偶然に流れてきた新しい曲が気にいって、手の甲にボールペンでバンド名を走り書きする。めったにないことだが、こんな日は、少しだけ得をしたような気分で過ごすことができる。携帯電話の楽曲リストを眺めていたら、以前、ニューヨークで同じような偶然を味わったことを思い出した。

 乗り継ぎで1泊することになって、中華街の安宿に転がり込んだ。夜、宿から歩いていける、マーキュリー・ラウンジというライブハウスに出掛けた。
 その夜の出演は、シアトル出身のThe Head and The Heart。サイトには「売切」の表示があったのだが、何となく引っかかって、開場時間前に訪ねてみた。しかし受付係は「売り切れだから」と取り合ってくれなかった。何となく諦めきれずに、開演時間を過ぎて再度訪ねると、別の受付係が場内を指さして「あんな風だけど…」。フロアの客が、手前のバーまであふれていたが「バーで聴くだけだから」と12ドルのチャージを渡して入店した。
 その音楽は、リズムが強くてハーモニーが素晴しいフォークロック。男女の声の質感も好みだった。女性ボーカルが時々みせるシャウト気味の歌い方が、良いアクセントになっていて、世界観の広がりを感じさせてくれた。
 あの時、彼らのライブをどうして無理に聴きたいと思ったのかは記憶が定かではない。しかし、結果的に彼らの音は私の心にヒットした。あの夜、たまたまニューヨークにいて、あの店に行こうと思わなければなかった巡り合わせ。ありふれたことではあるけれど、こうした心を打つ新しい音楽との偶然の出会いは、大きな喜びだ。
 こうした偶然の積み重ねは、必然につながっている。そんなことを想(おも)いながら、今日もまた新しい音楽との出会いを探している。
(野田隆司、桜坂劇場プロデューサー・ライター)