コラム「南風」 秘密のポケット


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 年明けとともに新調した財布には、秘密のポケットがある。購入した芸能公演のチケットを入れておくポケットだ。忙しい毎日、そのポケットをそっと眺めてわくわくしながら仕事に励む。

 幼い頃からそうだった。芝居を見に行く日は、あんまりうれしくてとびきりのおしゃれをした。長い髪を母に編んでもらい、レースのついた靴下に赤いエナメルの靴をはき、お気に入りのスカートとブラウスで一日を過ごした。役者だった父の後にくっついて歩き、下手の舞台袖で観客に見えないギリギリの位置まで近づいて芝居を見た。子供だから許された、まさに特等席である。昼公演も夜公演も観劇し、歌を口ずさんで芝居を覚えた。そんな時間は今では私の財産になっている。父が、昼と夜とでちょっと違うことをすると、「間違っていた」と猛抗議をするような、おしゃまな子供であったが、そんな私の抗議に父は目を細めたものである。
 子供の頃は、役者の親を持ったおかげで木戸銭御免であった。いつの頃からか、きちんとチケットを購入するようになり、下手の舞台袖は卒業した。演者に顔見知りが増え、大好きな最前列の真ん中には座れなくなってしまったのが残念だが、公演のある日のわくわく感は今でも変わらない。
 大人になってからは、芝居だけではなく舞踊や組踊の公演も見るようになり、時には音楽の公演にもでかける。ビデオやDVDも手軽に見れていいものだが、やはり生の舞台の輝きにはかなわない。観客席のざわめき、劇場独特の匂い、そして演者の息づかい。それらはいつも、私に夢を見せてくれる。劇場の帰りは必ず不思議な高揚感に包まれ、また明日から頑張ろうと気合が入る。
 秘密のポケットは、そんな幸せな時間をそっとしまっておくポケットなのである。
(伊良波(いらは)さゆき、役者)