コラム「南風」 音色の根っこ


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 蘇(よみがえ)る音の風景がある。
 海沿いのバス停から家まで歩いて約7分。坂道を歩いて思い出す。
 左側の道端はサトウキビ畑。幼いころ、日中は畑の中で遊んだりしていた。昆虫を捕まえたり、スミレの花を摘んだり、楽しい隠れんぼ。

 夜遅くに通る坂道は、耳をふさいで急ぎ足。
 「ザーザッ、ザザザザーッ、ザザー」。木々が揺れる音は奇妙な音。得体(えたい)の知れない何かが潜んでいるんじゃないかと怯(おび)えていた。サトウキビが風に揺れるたび、息を潜めて、そして一気にダッシュする。おかげで幼い時は足が速かった。
 家の中でのいろいろな音。掃除機の音は「ラ」の音、時間を知らせるサイレンのスケールの音、それらの音にハモリをつけて交わる。ピアノや三線、歌声、琴を弾く音色。家族からたくさんの音色が飛ぶ。音の歴史、沖縄の風土に交わる旋律。今現在も多くの人々に親しまれている古典や民謡。
 「巾、為、斗、十、九、八、七、六、五、四、三、二、一」。琴の十三弦の糸を弾く母の手。音色の流れは穏やかに心地よく、気品にあふれ、高音域を弾いてゆく。母は古典が大好きだ。教員を退職した後、琴の指導者になった。はや、三十年。演奏会などで忙しい母は、長い歌を覚えるために一生懸命。
 「あ・・・う・・・」。泣く子も黙るという母音の節回し。一つの言葉が長い息を要する。一つの曲が十分以上もある。神秘的で古典の歌は、情感が奥深い。
 母の父、おじいちゃんが、よく三線を弾いて歌を聞かせてくれたという。
 畑仕事、勉強、子守、食べ物、山歩き、家族皆で切磋琢磨(せっさたくま)して、当時の生活を一生懸命に生きてきたことを聞かせてくれた。息抜きには、おじいちゃんの三線と歌で家族皆、元気で楽しく暮らしていたという。
 優しい音色、おじいちゃんの顔が浮かんだ。
(安富祖貴子、ジャズ歌手)