コラム「南風」 ラグビーファミリー


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 私は実はラガーマンではない。ちなみに指導者でもない。強いて言うならば、ラグビーファミリー。

 ラグビーとの出会いは今から12年前。生徒の応援でラグビー場に。偉大な監督との運命的な出会い。翌年度から部長。これが私のラグビー歴の始まり。競技より先に、人との出会いの連鎖により、私はすぐに楕円(だえん)球の世界へ引き込まれた。
 名護高は花園に連続出場する強豪校。全国常連校に引けを取らないプレーでファンを魅了。茨城県代表清真学園を追い詰めた2002年度第82回大会は、逆転を許し惜敗したが、「面白い、何かを起こしてくれる」、そんなイメージを全国のファンに与えた。
 一つ一つのプレーに心が躍る名護ラグビー。築いたのは、当時監督の「威厳と情熱の人」宮城博先生。周りでサポートするスタッフ、同高OBやんばるクラブ、保護者会、そして何より先生の人間力に魅せられた選手。多くが「里帰り」し、前面でコーチし、後方で派遣支援するシステムが構築されている。まさにファミリー。中身は違えど、コザ、読谷、石川、宮古など各地域で独自の文化、ファミリーが萌芽(ほうが)し成熟しつつある。担い手は必ずしも出身校にとらわれない。地域を、時に国をも超える。
 包容力をもつラグビーを通じて結ばれた固い絆。ラグビーには競技としての魅力だけでなく、文化を生み出す力が。19年、世界三大スポーツイベントの一つ、ワールドカップが日本で開催される。先日、日本が強豪ウェールズから挙げた大金星は多くのファンを歓喜させた。この波に乗り、各チームが切磋琢磨(せっさたくま)し親交を深めることで、沖縄のラグビー文化を成熟させよう。その機が熟した時こそ、沖縄から日本代表が輩出される時。今後もラグビーファミリー拡大に尽力しよう。
 私のラグビー前線はまだまだ停滞しそうだ。
(喜瀬典彦、県ラグビーフットボール協会広報委員長)