コラム「南風」 雪の中のパトカー


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 銀色に輝く雪景色は喜怒哀楽を表現する最も身近な要因の一つだと言えよう。
 初めて雪景色を見たのが1965年米国ケンタッキー州であった。白い真綿がフワリフワリ落ちてくるのかと思って空を見上げていたことを思い出す。足跡のない銀色に輝く真っ白な雪景色の上を一人でザクザクと歩くのは爽快である。粉雪が静かに落ちてくる光景はエキゾチックな心境になる。しばらくすると大粒の雪に変わり一面が真っ白な銀世界へと変化した。

 68年2月大雪の朝の出来事である。真っ白に降り積もった雪景色を目の前して大声を張り上げて喜んだ。スノーブーツに履き替え一人街の周辺を歩いていた。すると一台のパトカーがしばらく後ろからついてきた。立ち止まるとパトカーも止まり、見知らぬ私にいろいろと話しかけてくれた。「朝の雪景色も素晴らしいが雪による災害もある」ことを教えてくれた。雪は爽快、美、恐怖そして絶望感なるものを教えてくれている素晴らしい現象なのである。
 沖縄では霰(あられ)のことを雪と呼んでいた時代があった。霰が落ちると子どもたちは『ミージョーキー(竹を編んで稲のもみを干す時に用いる容器)」を庭先に出して霰すくいをして遊んでいた。また白髪の人のことを「頭上(ちじ)んかい雪かんとーんね」との表現もある。さらに沖縄の舞踊、松竹梅のなかに「梅でんし 雪にちみらりてぃ 花ん匂ん増する 浮世(うちゆ)でぃむぬ」の情緒豊かな歌もある。つまり厳しい冬も過ぎ雪が溶け梅の花の匂いや香りも増し加わり希望の春の時節がやって来る。暖かく感じられる早春の自然の香りが一人一人に希望と喜びを与えてくれる。
 降雪災害ニュースを見るたびに、銀色に輝いた雪景色のなかで出会った親切なポリスが雪国に住む人々の喜怒哀楽の生活実態を教えてくれたことを思い出す。
(座間味宗治、沖縄語普及協議会副会長・臨床心理士)