コラム「南風」 初心に戻るきっかけ


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 ことしの初め、お客さまからガイドに届いた手紙を渡され、感動を覚えました。
 「私の祖母も父母も戦中を生きた人間です。東京大空襲の話をよく聞いたものでした。しかし、幼い私が過ごした東京は平和そのものでした。さまざまな資料館へ行きましたが、迫りくる実感はなくアブチラガマには『生と死』の現実があり、頭の中で想像し理解するのとは全く違う、70年前の真実に圧倒されてしまいました。

 一歩中に入った瞬間に、私が持っている全ての高慢を一瞬にして消滅させる力がありました。ガマの中での一時間、私は何も持たない『無』の人間になり、ただひたすら学んでいました。
 このような経験は初めてのものでした」
 この手紙は私がガイド養成に当たった時の気持ちを思い出させてくれる文面でした。暗闇の中に一人で立った時、涙がとまらず、生きている実感と、勇気を与えてくれたあの時の感動が甦(よみが)り、伝えることの意味をあらためて考えさせられました。
 沖縄戦時、この自然洞窟では「失われた命と生かされた命」があります。ガイドは、その命に向き合い、思想・信条を押しつけず真実を伝え、目に見えないものを想像させ、高慢にならず、ガイドもまた学ぶ場であると教えられたような気がしました。
 たとえ、戦後70年になろうともガマの真実は変わることなく、平和の時代に生きている私たちに問い掛けています。このガマは今でも、訪れる人たちに生きる勇気と希望を与えています。そのことを一人一人が自覚し、初心を忘れることなく、これからも地元を中心にガマの保全も含め、糸数アブチラガマから恒久平和を発信していきたいと願っています。
 観光立県の沖縄には「負の遺産」からも「ウチナーンチュの肝(チム)グクル」に触れることができる素晴らしさがあります。
(當山菊子、南部観光総合案内センター嘱託職員)