コラム「南風」 ベトナムの正月―テト―


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 久々に海が見たくなったので、ことしは長期の正月休みを取り、ベトナム最南端のフーコックという島に来ている。海を挟んだ15キロ先はカンボジアで、かつて両国が占有を争った島だ。

 大方の日本人にとって、正月は今更時期外れな話であろう。しかしながら、沖縄では合点がいく方も多いはずだ。沖縄がかつてそうであったように、ここベトナムでも旧暦の正月「テト」の方を盛大に祝い、火ヌ神信仰も共通する。今日2月17日(執筆時)は彼らにとっては12月の30日だから、皆正月の準備で忙しい。街は1年で最も活気づき、最も鮮やかになる。金色や赤を基調とする中華式の飾り物を売る店、ピンクの桃の花、黄色い金柑(きんかん)、地域によってさまざまな苗木屋が立ち並ぶ。金柑は子孫や富の象徴で、桃の花は火ヌ神が家にいない間、魔除(よ)けの力を持つのだそうだ。日頃からあふれんばかりのバイクが走っているハノイだが、そのバイクで幅1メートルはある苗木を皆が一様に家まで運ぶのだから交通事情は劣悪になる。
 また、ベトナムには、正月価格なるものがある。皆が同じものを買うのでいつもより高くなるのである。数日前に近所の商店で、いつもは1缶9千ドンのビールが、今日は1万ドン(約55円)と言われてしまった。皆それを知っているから、酒類や食材もできるだけ早く、安く買い求めようとし、市場はごった返す。一転、元旦を迎えると、すべての商店、銀行や官公庁も閉まり、ハノイは都市機能を失う。皆家族と共に新年を祝い、街を歩く観光客が途方に暮れているのをよく目にする。
 そんなわけで、いつもに増したハノイの喧騒(けんそう)と静寂から逃れるためこの島に来たのだが、ここはベトナム。この島もまた同じであった。ただ、故郷に繋(つな)がるこの海が広がる場所で、その青さを思いながら、新年を迎えられることに喜びを覚える。
(金城れい子、民間企業ベトナム事務所勤務)