コラム「南風」 校長先生のたくあん


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 旅立ちの季節、3月。
 大きな花束を抱えた女子高生たちが嬉(うれ)しそうに通り過ぎて行きました。この時期になるとふと思い出す味があります。それは校長室で頂いた、たくあんの味。

 高校3年生の冬に差しかかったある日、担任の先生からこんな話がありました。「今日から順番に、昼食は校長室で食べて下さい」。春に控えた卒業式、卒業証書は校長先生から手渡しで頂きますが、学校生活の中では校長先生と関わる機会はとても少なく、1千人近くいる生徒の中には卒業式の日に初めて話をするという生徒もいます。
 「大事な卒業証書は一人一人の事をよく知った上で渡したい」。そんな校長先生のお気持ちから生まれた提案だったようです。いよいよ回ってきた自分の回。めったに足を踏み入れることのない校長室で、校長先生を囲みながらクラスメート数人で昼食を食べながら談笑していたら「良ければどうぞ」と、真っ白なたくあんを出してくれました。
 ヨーグルトに漬けられた絶妙な甘さのたくあんは、生徒一人一人の事を思い校長先生の奥さまが手作りしてくださったもの。たくあんに何度も手を伸ばしながら、初めて耳にした校長先生の学校への熱い思い。
 「卒業前にもっと皆さんと話がしたくてね」と話してくれた時に、この学校で良かったと心から思いました。社会に出る前にさまざまな事を教えてくれた学校の先生。あの時掛けてくれた言葉や愛情が、仕事の壁にぶつかった時に私を励ましてくれます。
 「おめでとう」の言葉と共に受け取った卒業証書。軽やかな足取りで去っていく女子高生を眺めながら襟を正す今日この頃です。今でも思い出す卒業の涙味と入り交じった甘いたくあん。あまりにも美味(おい)しすぎて、自分の番は終わったのに2日続けて校長室に行ったのは内緒です(笑)
(しおり、シンガー・ソングライター)