コラム「南風」 母が教えてくれたこと


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 家族の中で自然に教え込まれた家訓のような言葉があります。それは「手に職をもつ」。母は洋裁店を営み、父は公務員。そして、それぞれ仕事を持つ4人の個性的な姉たち。そう、私は5人姉妹の末っ子、完全なる女系家族です。

 私が10歳の時、52歳で亡くなった母。父と姉たちが私の面倒を見てくれたおかげで、寂しい記憶はなく、そのかわり、ミシンを前に笑顔で働く逞(たくま)しい母の姿を思い出すことができます。母は「手に職を持つ意味」を背中で教えてくれたように思います。私のベースはこの母の教えにあります。そして、私は成長してプロのヴィオラ奏者となりました。舞台に出る前は緊張します。緊張というより、高揚感や気合が入り混じった感覚でしょうか。「良い演奏をしたい」と思うとなおさらです。そんな時、自分を信じること、そして、母が教えてくれた「手に職を持てたことの幸せ」を思います。そうすると、ス~と肩の力が抜け、無理なく演奏を始められます。
 偉大な作曲家、モーツァルト、ブラームス、バルトークらは晩年にヴィオラのための名曲を書いています。ヴィオラのもつ愁(うれ)いや、時には優しさを帯びた音色が、人生を全うしようとする作曲家の願いや気持ちを表すのに最適だったのかもしれません。私は、そのヴィオラと出合い、日々、手に職を持つことの喜びを感じています。これからもすべてに感謝を忘れずにいたいと思います。
 おかげさまで、経験を重ね、舞台上で楽しめる余裕も出てきましたが、人前でしゃべる、文章で伝える、ということは何年たっても上達が見られない「トホホ」な私です。半年間、このコラムを書かせていただいたことは私の人生の宝物となりました。皆さまと演奏会でお会いできることを楽しみにしております。ありがとうございました。
(新垣伊津子、ヴィオラ奏者)