コラム「南風」 戦場の記憶を伝える


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 戦後70年の慰霊の日を目前に、各メディアが沖縄戦について、歴史・政治的背景などにも触れ、連日報道していた。体験者の証言は地域や戦況によっても異なり、「沖縄戦の特徴」だけで語ることはできない。一人ひとりの体験を丁重に聞き取ることが大切だ。

 私たちが証言を求めることで一番気を使ったことは、その証言者を追いつめ、さらに心の傷を深くしないよう配慮すること。穏やかな日々の暮らしから突然戦争に巻き込まれた、住民の恐怖。亡くなったわが子を葬ることもできず、ただ逃げるしかなかった母親の苦しみ。目の前で親を亡くした幼い子ども―。証言者たちは涙さえ出せず、感情さえも失ってしまっていた。
 地獄の中から生き残った者が、戦後70年抱え続けてきた苦しみは計り知れない。自分を責め、できるなら記憶から消し去りたいと願っている。ある人は南部への撤退時に友人とはぐれ、「さよなら」も言えずに別れてしまったことを悔やみ、平和の礎に刻まれた友の名を見ては、独り生き残ったやるせなさに涙した。体験者らは「戦争だったから仕方なかった」と自分を無理やり納得させ、戦後を生き抜いてきたが、残酷な記憶は報道などによって再びよみがえり、苦悩する。ある老女は夫を失った。聞き取りに辛(つら)い胸の中を話してくれたが、「夫の命を奪った戦争を始めた人を、恨む」と言葉を詰まらせた。
 なぜ友人が、家族が、無残に死んでいかねばならなかったのか。誰に問うても心の傷を癒やしてくれる言葉は、帰って来ない。体験者にとって終わってはいない戦争。その戦争を再び繰り返さないために、語り、伝えていこうと決意している。
 アブチラガマには地元の皆さんが訪れることが増えた。このコラムで私たちの思いの一端をお伝えできたと思う。半年間、ありがとうございました。
(當山菊子、糸数アブチラガマ専属ガイドゆうなの会責任者)