コラム「南風」 与える者は与えられる


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 子どもたちが変わるためには、出会いが必要だ。だからこそ、まずは僕たち大人が力をつけ、彼らと出会う英雄(ヒーロー)になるのだ。と、ここまでは、前回述べたとおりである。

 そこで、少年院は、彼らに多くの出会いを提供している…と続けたいところだが、そう簡単なものではない。というのも、少年院は、子どもたちを社会からほぼ隔離して教育する施設のため、有害な交流だけでなく、有益な出会いまで制限してしまうのである。
 そのデメリットを補うため、僕たち法務教官一人ひとりが己を磨き、子どもたちと出会わなければならないことは、言うまでもない。しかし、それだけでは、やはり数に限りがある。そこで僕は考えた。子どもたちを外へ出せないのであれば、大人たちを少年院に呼んでしまえばいい。
 ここ数年、関係部署の職員と連携して、県内外から一流の講師を多数招き、講演会を開催してきた。錚々(そうそう)たる顔ぶれ。同僚は「人脈があるね」と感心するが、一公務員の自分に、そんなものあるわけがない。大方が紹介もなしで本人に会いに行き、強引につながっただけのこと。ずいぶん無茶をしてきたが、子どもたちに一生の出会いをプレゼントできると思えば、疲れは一瞬で吹き飛ぶ。
 それともうひとつ、少年院にいながら一流の大人と出会える方法として子どもたちに勧めてきたのが、読書だ。1冊の良書は、1人の賢者に匹敵する。著者の魂に触れる読書には、出会いと同等の価値がある。
 こうして、がむしゃらに走ってきた僕が、ふと立ち止まって気付いたこと。それは、一番多くの出会いを手にしたのは、自分自身だったということ。
 今、僕は、大勢の素敵(すてき)な大人たちに囲まれて、幸せな毎日を送っている。子どもたちに贈ったものは、全て僕の手元へ返ってきた。
(武藤杜夫、法務省沖縄少年院法務教官)