米中のハイテク覇権争いを背景に、政府が戦略物資と位置付けた半導体の目玉拠点が開所し、10~12月の稼働に向け本格的な準備に入った。多額の税金を投じて迎えた台湾の巨頭は世界大手として先端半導体技術をリード。関連投資も呼び寄せて九州は特需に沸く。一方、宅地や農地が広がる小さな町は工場の出現で生活環境が激変しつつあり、戸惑う住民も多い。
世界制す
「米国、日本、韓国、台湾に欧州連合(EU)が加わってチップ5だ。基本的価値観を共有している」。自民党半導体戦略推進議員連盟の甘利明会長は24日、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県菊陽町の第1工場で開いた式典で、中国への対抗を意識し国内生産の意義を強調した。
政府の産業政策に影響力を持つ甘利氏の持論は「半導体を制するものが世界を制する」。デジタル技術だけでなく、軍事・防衛面でも欠かせない半導体の同志国連携は安全保障強化の基軸だ。
日台メディアの注目を集めた開所式には、自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を受けた政治倫理審査会への対応が注目される萩生田光一氏も出席し「感激ひとしおだ」と発言。元経済産業相として国策半導体を主導した自負をのぞかせた。
政府は第1、第2工場に計約1兆2千億円を助成する。海外企業への異例とも言える規模の支援には批判もあるが、経産省幹部は「税収増加だけで採算が取れる。金にうるさい財務省も予算を認めた」と意に介さない。
国は2023年度までの3年間で総額4兆円の「異次元の支援」(与党重鎮)を打ち出した。北海道で次世代製品の量産を目指すラピダス、広島県の工場を増強する米半導体大手マイクロン・テクノロジーなどへの支援を惜しまない。
台湾やTSMC側にも思惑があるようだ。台湾のシンクタンク研究員は、財政支援が日本進出の決め手ではないと指摘。台湾有事への懸念を念頭に「今は地政学の時代。台湾側の期待は安保上の協力だ」と解説する。
ビッグチャンス
TSMCの熊本進出を機に、九州は半導体関連の投資が続く。九州経済産業局によると、21年4月~23年末の公表ベースで74件、計2兆5500億円以上に上った。九州経済調査協会は30年までの10年間の経済波及効果が20兆円を超えると試算。第2工場の建設により一段の上積みは確実だ。
熊本県の蒲島郁夫知事は「歴史的変革期で100年に1度のビッグチャンス」と興奮を隠さない。地元では早くも第3工場建設に期待が高まる。
第2工場も
「地主から5月までに畑の土地を返してくれと言われた。代替地が見つからず、どうしようもない」。第1工場からほど近い畑でキャベツを収穫していた農家の男性(43)はため息をつく。畑の周辺に第2工場が建つと取りざたされている。
工場最寄りのJR原水駅(菊陽町)で自転車の整理に当たる紫原正英さん(64)は「交通量も外国人も増えた。第2工場の建設が始まれば、渋滞がひどくなるだろう」と町の変化に気をもむ。
TSMCは第1工場だけで1日当たり約8500トンの地下水を使う計画だ。周辺11市町村は生活用水のほぼ全量を地下水で賄っており、水量減少や排水への不安も根強い。地価高騰や人件費上昇、他産業の人材確保…。懸案はくすぶり続ける。
(共同通信)