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鹿との共存 美しい森を守りたい<小川糸「一筆申し上げます」>


鹿との共存 美しい森を守りたい<小川糸「一筆申し上げます」> 小川糸「一筆申し上げます」
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信

 冬になっても、熊の出没が後をたちません。

 私が暮らしている森には、幸いなことに熊はいないのですが、そのかわり、鹿がいます。一匹や二匹ならかわいいで済まされるのですが、事態はそう生易しいものではありません。鹿たちは集団でやって来て、森の植物を根こそぎ平らげていきます。このままでは、森がダメになってしまうのです。

 なんとか鹿とのすみ分けができないものかと、私も努力を重ねてきました。乾燥させたヒトデが有効と聞けばそれをまき、唐辛子が効くかもしれないと思いつけば、刻んだ唐辛子をまいてみたり。とげのある植物を敷地の境界線に植えて、なんとか鹿の侵入を防ごうと試みましたが、結果的にはそれらも全て鹿たちに食べられてしまいました。

 そんな中、薬草の一部は、確かに最後まで鹿に食べられませんでした。とりわけ、匂いの強いラベンダー、ミント、ローズマリーは鹿対策に少しは効果があるのかもしれません。けれど、鹿との共存は、まだまだ道半ばです。

 私の中には、美しい森を守りたいという思いが強くあります。鹿と共存しながら、なおかつ森を守るというのは、とても難しい課題です。一筋縄ではいきませんし、忍耐力も必要ですし、継続するにはそれなりのお金もかかります。なにせ、鹿たちは私が大切に育てている草木をせっせと食べ尽くしてしまうのですから。

 熊の被害に悩まされてきた長野県軽井沢町では、ベアドッグを導入し、成果を上げていると聞きます。電波受信機で熊の居場所を特定し、そこに犬と人が出向いて、犬がほえ立てることで人里に近づきそうになった熊を追い返す。これにより、人間に近づくと怖いのだという感覚を熊に学習させる。人も熊も犠牲にならない、画期的な取り組みだと思いました。軽井沢町では、四半世紀かけて、この、熊と人とが遭遇しないようなシステムを構築したそうです。

 工夫を凝らし、知恵をしぼり、忍耐強く続ければ、私もいつか、鹿との共存ができるようになるのでしょうか? そんな理想的な未来を信じて、今年も鹿対策に精を出そうと思っています。(小川糸、隔週木曜に更新)

 小川糸

 ☆おがわ・いと 作家。1973年山形市生まれ。デビュー作「食堂かたつむり」(2008年)以来30冊以上の本を出版。「つるかめ助産院」「ツバキ文具店」「ライオンのおやつ」がNHKでテレビドラマ化された。近作に「とわの庭」「椿ノ恋文」、エッセー集「糸暦」など。