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沖縄での巨人オープン戦はチャンプルーの活気<茂木健一郎のニュース探求>


沖縄での巨人オープン戦はチャンプルーの活気<茂木健一郎のニュース探求> 茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信

2月下旬、仕事で訪れた沖縄。那覇空港に降り立つと、風にはためくプロ野球各球団の旗が目に入ってきた。

今季の公式戦開幕は3月29日。球春を前にファンの期待は高まる。選手、コーチ、監督にとっては、ペナントレースに向けて準備の日々が続いていることだろう。

沖縄はプロ野球のキャンプの好適地。今年はセ・パ両リーグ12球団のうち、9球団がキャンプインしていた。滞在中、那覇市の奥武山公園内にある「沖縄セルラースタジアム那覇」で、巨人とヤクルトのオープン戦が行われることが分かった。

これは、行くしかない! 早速ネットでチケットを買い求めた。

私が子どもの頃は、アニメ『巨人の星』などの影響もあって、空前のプロ野球ブーム。「ON砲」と称された王貞治、長嶋茂雄の二大スターが活躍し、巨人が9年連続の日本一(注=1965~73年のV9)に輝いた黄金期で、野球、そしてジャイアンツが心のど真ん中にあった。

時が流れ、それぞれの地元チームを応援する文化が根付く。また、大谷翔平選手の大活躍により、日本の野球の楽しみは米国、そして世界へとつながっている。

2000年に九州・沖縄サミットの首脳会談が行われた、名護市の「万国津梁館(しんりょうかん)」での会議(一般社団法人G1が主催する「G1サミット」)で、私はウェルネスについての討論に参加した。2月25日にセッションが終わると那覇へ移動。沖縄セルラースタジアムに駆け付けた。

試合開始前のセレモニーでは、地元の女子野球チームと巨人の選手たちがグラウンドで交流。客席の雰囲気を大いに盛り上げた。

プロ野球のオープン戦にはこれまで何度か通ったことがあるが、沖縄では初めて。試合が進むうちに、観客の皆さんの野球へのまなざしがとても深く、鋭いことに気付いた。

考えてみれば、毎年春は各球団のキャンプで、練習や選手たちの様子を目にする機会に恵まれている。オープン戦も多い。観察眼が自然に養われるのだと感じた。

地元の方々に加え、全国から野球ファンも応援に来ている。「フェス」のような、楽しい雰囲気である。

選手との距離が、普段の試合に比べて近いと感じた。一塁側の前から4列目の席に座っていた私のすぐ目の前で、キャッチボールをしている。公式戦と違って、彼らも少しリラックスしているようだった。

「調整」の意味合いのある試合では、日頃お目にかかれない興味深い展開があった。今季から巨人の指揮を執る阿部慎之助監督は、投手を毎回のように交代させて調子を試していた。主力の野手も途中で交代した。成績がペナントレースに直結する公式戦と異なり、勝敗よりも、多くの選手のパフォーマンスをチェックすることが大切なのだろう。

逆に、一部の選手たちにとっては試合で使われるかどうか、一軍レギュラーに定着できるかどうかの瀬戸際だということになる。そんな真剣勝負の雰囲気があった。

プレーを目の当たりにすると、選手の個性がじかに伝わってくる。私の心に残ったのは、巨人に入団して4年目の秋広優人内野手。この日は一塁を守り、背番号55が大きく見えた。随分と背が高いなあと感じて調べると、身長が2メートルなのだそうだ。

昨シーズンは一軍で活躍し、スターになる予兆を見せる一方で、この試合でもそうだったように、守備や走塁でちょっとしたミスをすることもあるらしい。でも、かえってそのあたりに「大器」の素質を感じさせ、頑張ってほしいという気持ちになった。

沖縄らしい応援風景だと思ったのは、良いプレーが出たり、ヤマ場になったりすると指笛が自然発生的に鳴らされていたこと。また、米国の方々らしい観客も多く、試合の勘所を押さえた応援スタイルで、日米の野球文化の自然な交流が生まれていた。

沖縄の文化の魅力を伝える言葉の一つに、「チャンプルー」がある。さまざまな要素が混ぜ合わさり、渾然(こんぜん)一体となって新しい何かが生まれること。沖縄セルラースタジアムでの巨人とヤクルトのオープン戦には、まさにチャンプルーの活気があった。

試合は緊張感あふれる展開の後、2対1でヤクルトが勝利を収めた。

それにしても、プロというのは直接見えない所で努力を続けているものだと思う。多くのファンが目にするのは公式戦のプレーだが、こうしてシーズンが始まるずっと前からそれぞれが鍛錬し、レギュラーを巡る争いがある。監督やコーチも、選手たちの調子や仕上がりを見て、1年間の闘いに備えている。

人生でも同じことが言えるだろう。日々の積み重ねが、勉強や仕事の結果に全てつながっていく。だから「今、ここ」を大切にしなければならない。

伸びやかな中に真剣な取り組みの現場を目撃して、自分の人生を振り返るきっかけを得た。ああ、楽しくてタメになったなあという思いを胸に、球場を後にした。(茂木健一郎、隔週木曜に更新)

茂木健一郎さん(撮影・佐藤優樹)

☆もぎ・けんいちろう 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京大学大学院特任教授、屋久島おおぞら高校校長。1962年、東京都生まれ。東大大学院物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。新聞や雑誌、テレビ、講演などで幅広く活躍している。著書に「脳とクオリア」「脳と仮想」(小林秀雄賞)など多数。