私が移り住んだ信州は、リンゴの名産地です。冬になると、たくさんの種類のリンゴが店頭に並びます。
その中でも特に好きなのは、シナノピッコロという品種です。「ゴールデンデリシャス」と「あかね」を掛け合わせた品種だそうで、もちろん味もおいしいのですが、最大の魅力はその大きさにあります。シナノピッコロは、その名の通り、小さいのです。
大は小を兼ねる、と昔から当たり前のように言われてきました。確かに、一理あると思います。ただ、私はことリンゴや梨、柿などの果実に限っては、大きいものより小さいものの方がありがたいというのが正直なところです。
というのも、私は今、ひとりで暮らしています。大家族でしたら、大きなリンゴをむいても、すぐに食べ切ってしまえるでしょう。けれどひとりですと、大きなリンゴはよっぽどの空腹時でない限り、食べきれません。
その点、シナノピッコロのような小ぶりなサイズのリンゴですと、ひとりでも食べきれます。私は、リンゴを目でも楽しみたいので、買ったリンゴはよく窓辺の特等席に飾っておくのですが、ちょっと小腹がすいた時など、不意に手を伸ばして腹の虫をなだめるのにちょうどいいのです。小さいので、丸かじりもできますし。
大きいリンゴの場合ですと、半分にしたものにラップをかけて冷蔵庫に保管するわけですが、そうするとどうしても味が落ちてしまいます。だから、リンゴは極力一回で食べきりたいのです。
先日も、故郷の山形に住む親戚から、ラ・フランスが届きました。贈答用の、立派なずっしりと重いラ・フランスです。けれど、私にはやっぱり大きすぎるのです。わがままを言わせてもらえば、贈答用ではなく、ふだん使いの、小ぶりな方がありがたい。
農家の皆さんは、果物に傷がついてしまうと通常のお値段では売れないと聞きます。でも私は、傷もので十分です。味に違いはありませんので。
信州に移住して、日常的に新鮮な果物を口にできるようになったことは、大きな喜びのひとつです。これから、日本はますます高齢化社会になりますし、大家族は減るでしょう。ですから果物も、より大きく立派な見た目に品種改良をするのではなく、小さくコンパクトにする、というのも時代の流れなのではないでしょうか。(小川糸、隔週木曜に更新)
☆おがわ・いと 作家。1973年山形市生まれ。デビュー作「食堂かたつむり」(2008年)以来30冊以上の本を出版。「つるかめ助産院」「ツバキ文具店」「ライオンのおやつ」がNHKでテレビドラマ化された。近作に「とわの庭」「椿ノ恋文」、エッセー集「糸暦」など。