社会

沖国大、米軍ヘリ墜落11年で集会 絶えぬ事故に怒り

沖縄国際大に米軍ヘリコプターが墜落した事故から11年を迎え、焼け焦げたアカギ(手前)の前で開かれた集会=13日午後、宜野湾市

 【宜野湾】2004年8月13日に沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落して13日で11年を迎えた。この日、同大の墜落現場では「普天間基地から沖縄を考える集い」が開かれた。集いのさなかも参加者の頭上を米軍機の轟(ごう)音が通り過ぎた。大城保学長は12日に発生したうるま市伊計島沖での米軍ヘリ墜落事故に触れ「米軍用機が沖縄上空を飛行し続ける以上、墜落事故は県内のどこかで起こり得る。米軍基地があるが故に起こる事件に県民の不安と恐れ、憤りは募るばかりだ」と述べ、普天間飛行場の即時閉鎖、撤去、返還を求めた。

 集いには学生や教職員ら約100人が参加した。普天間を使用する航空機の即時飛行中止を求めた要求書を、安倍晋三首相とキャロライン・ケネディ駐日米国大使宛てに送る。
 「多くの県民の抗議・要求をよそに、いまだ本学上空を米軍ヘリが飛行していることに怒りを禁じ得ない」。狩俣恵一副学長は開会のあいさつで憤りを隠さなかった。大城学長があいさつで「普天間基地の即時閉鎖、撤去・返還を日米両政府に強く要求する」と述べると、拍手が起こった。
 沖国大に現在通う学生も意見を述べた。板良敷彩さん(21)=3年生=は「基地は辺野古に移ることになっても沖縄に基地があることに変わりない」と普天間の名護市辺野古移設計画を強行する政府の姿勢を批判した。3年の高宮城允さん(20)は「優しさやゆいまーるの精神が本当の幸せをつくる」と訴えた。
 事故から10年の節目だった昨年に比べると参加人数は大幅に減少。参加者は「風化させてはならない」という思いを新たにした。
 熱い日差しが照り付ける中、訪れた人たちは登壇者の話に耳を傾けていた。当時、沖国大2年生だった比嘉美香子さん(30)=会社員、名護市=は2人のおいと参加した。事故直後、現場に駆け付けた時「大学で学んだ復帰前の状況と何も変わっていない」と感じたと11年前を振り返った。「後世に伝えるのが当時の学生の責任だ」と力を込めた。
 宜野湾区の仲村清自治会長も集会に参加した。事故当日、現場でガソリンの焼け焦げた臭いや規制線の外で見守ることしかできなかった県警の姿を鮮明に覚えている。12日のうるま市沖の墜落事故から11年前を想起したとし「危険と隣り合わせの状況は変わっていない。もし市街地で起きていたらどうなっていたか。米軍の事故に長年苦しんできた宜野湾市民として看過できない」と語気を強めた。




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