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<書評>『蝶の伝言(イェー)』 野球に打ち込む少年の葛藤


<書評>『蝶の伝言(イェー)』 野球に打ち込む少年の葛藤 『蝶の伝言(イェー)』末吉節子著 文芸社・1210円
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 蝶(チョウ)はふしぎな逸話をもつ生物である。ギリシャでは蝶を「プシュケ」といい、「霊魂」や「不死」の意味である「プシュケー」が由来らしい。中国では長寿のシンボルであり、美しさやめでたさの象徴だった。日本でも祖先の魂が宿っているとされ、大切に扱われてきた。沖縄はそれらの変形バージョンで、あの世からの伝言を運んでくる係とのこと。花から花へ飛び回るように、あの世とこの世を行き来するのが蝶の役割らしい。そういえば、てふてふPという小説家がいた。なんとも意味ありげなペンネームだが、由来をちゃんと聞いておけばよかった。今度蝶に伝言を託して、その意味を教えてほしい。

 今回紹介する『蝶の伝言』は少年が試練を乗り越えて成長し、ついにはプロ野球選手になるという物語である。ドラフト会議を直前にひかえた洋は故郷の伊名島へ戻り、母の墓前に手を合わせた。そこでつらかった過去の思い出がよみがえる。洋は父親を知らずに育ち、そのことでひどいいじめにあい、不登校になってしまう。野球との出会いが彼の人生を変えた。エースナンバーをもらい、ピッチャーとしての才能を開花させたのだ。野球の名門、南部水産高校に入学してまもなく母が亡くなってしまう。なぜ母は父のことを教えてくれなかったのか。葛藤をかかえたまま洋は野球に打ち込む。そしてプロ入りが決まり、2度目の帰郷で真実が明かされる。

 風景描写が見事な小説だった。伊名島の自然が目の前に浮かんできた。作者は元教師で、学校生活がリアルに描かれている。いくつかのエピソードは、作者が経験されたことがもとになっているのだろう。蝶からの伝言は小説内で描写されるのだが、わりとあっさりしていた。また、本作のクライマックスはちょっと引っかかった。基本的に小説は何を書いてもいいと思う。もっと丁寧に言葉をつくして描いてくれたら、読者にとって説得力をもったのではないだろうか。ともあれ、86歳という年齢で創作活動を続ける姿勢に敬意を表したい。

 (赤星十四三・小説家)


 すえよし・せつこ 1937年伊是名村生まれ。92年「アメリカンスクール」で沖縄タイムス出版文化賞受賞。著書に「島ガナサ」「基地と心中」など。