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【寄稿】赤嶺守 台湾側逸品が一堂に 通常一般の閲覧許されず <台湾の故宮博物院 琉球王国展の意義>


【寄稿】赤嶺守 台湾側逸品が一堂に 通常一般の閲覧許されず <台湾の故宮博物院 琉球王国展の意義> 尚寧を国王に冊封するために琉球に渡った冊封使・夏子陽が編さんした「使琉球録序」。琉球の世子・尚寧が封を請うことなどについて詳述した=1606年(国家図書館所蔵、故宮博物院提供)
この記事を書いた人 Avatar photo 嘉手苅 友也

 9月7日~12月1日に、台湾の故宮博物院で「万国津梁―東アジア海上の琉球」をテーマとした琉球王国展が初めて開催される。同展の海外顧問を担当する名桜大学の赤嶺守教授に、展示会の見どころや開催の意義について寄稿してもらった。

 台湾の故宮博物院は「北部院区」と「南部院区」の2院で構成され、今回の琉球王国展は嘉義県にある「南部院区」で開催される。日本からは沖縄県立博物館・美術館、那覇市歴史博物館、浦添市美術館、沖縄県立埋蔵文化財センター、那霸市立壺屋焼物博物館、東京国立博物館、九州国立博物館、法政大学沖縄文化研究所の収蔵品が展示される。一方、台湾からは故宮博物院、国家図書館、中央研究院歴史語言研究所、台湾大学図書館の収蔵品などで、計154点の出展が予定されている。

 王国展の見どころは何といっても、故宮博物院、国家図書館、中央研究院歴史語言研究所、台湾大学図書館の収蔵品だろう。故宮博物院の収蔵品の主体は、北京・熱河・瀋陽3カ所の清朝宮廷の文物を集めたもので、清朝最後の皇帝・溥儀が北京の宮殿(紫禁城)を退出させられた後、1925年に故宮博物院は明清代の皇帝の居城であった「紫禁城」内に設置されている。

「冊封使録」善本

 故宮博物院の「故宮」は古(いにしえ)の宮殿を意味する。37年、盧溝橋(ろこうきょう)事件により日中戦争が勃発し、日本の関東軍が中国東北地域を占拠し、北京と天津の情勢が危うくなると、故宮博物院は重要な文物を選び出し、それを箱詰めにして南方の安全な場所に移し避難している。終戦後、中国国内は国民党政権と共産党による国共内戦に陥り、戦況が国民党政権に不利な状況になると、国民党政権は故宮博物院や中央博物院準備処の文物を、海軍や招商局の船で台湾に移している。

 現在、故宮博物院には北京の故宮博物院や中央博物院準備処の文物を主体に70万点近い文物が保管されている。琉球王国は1372年から中国に進貢して以来1874年まで500年以上も中国皇帝への進貢を続け、琉球国王の即位の際には中国から派遣された勅使を迎え「冊封」と称される即位の式典が王城で挙行されている。中国は琉球王国を朝鮮・ベトナム・タイ・ビルマ同様に属国として位置付け、琉球王国を最も恭順な「守礼之邦」として称えている。故宮博物院収蔵の清朝皇帝の最高諮問機関であった軍機処の「档案(とうあん)」と称される行政文書の中には、琉球王国の進貢や冊封、そして漂着民の救助・送還などの関連文書が多い。故宮博物院は今回の王国展で、収蔵するそうした琉球王国に関わる档案(とうあん)文書や文献・地図・工芸品などを展示する。

冊封使の蕭崇業と謝杰が編さんした「使琉球錄」に収録された冊封使錄の一つ「冊封琉球世子尚永詔書」=1576年(国家図書館所蔵、故宮博物院提供)

 戦後、中国からは故宮博物院や中央博物院準備処の文物以外に、中央図書館・北平(北京)図書館・中央研究院歴史語言研究所の考古文物・档案文書・図書・地図などや外交部(外務省)の条約保存書類なども箱詰めにされ、船で台湾に運ばれている。台湾の国家図書館は中国から運ばれた中央図書館・北平図書館の書籍類を保管し、その中の中国古典の善本の蔵書数は世界屈指だといわれている。中には冊封使が琉球滞在中に見聞した琉球の風俗・習慣・地理・歴史・言語を記録した「冊封使録」と称される蕭崇業・謝杰撰『使琉球録』、夏子陽撰『使琉球録』の善本も含まれている。

 現在、台北市南港区にある中央研究院は、総統府直属の最高学術研究機関で、数理科学、生命科学、人文社会科学の三つの領域にわたって、24の研究所と九つの研究センター、約千人の研究員を擁している台湾を代表する国立アカデミーとして知られている。中国から運ばれた中央研究院歴史語言研究所の考古文物・档案文書・図書・地図などは、1949年の中華民国政府の台湾移転後、新たに設置された中央研究院歴史語言研究所に引き継がれている。歴史語言研究所は、明清代の皇帝を補佐する中央政府機関である内閣に保管されていた档案文書を30数万件収蔵しており、その中には中国皇帝が琉球国王に与えた詔勅の関連文書や琉球国王が中国皇帝に呈上した表文(国書)、そして中国の中央や地方の官僚からの琉球に関連する上奏文書が数多く含まれている。また、歴史語言研究所附属の傅斯年図書館の古典籍の蔵書数は、台湾で故宮図書館・国家図書館に次ぐ数を誇っており、その中には王府が編さんした正史『中山世鑑』の善本や冊封使の李鼎元が編纂した琉球語辞書の「琉球訳」が含まれている。

唯一の筆写資料

 台湾大学の前身は戦前の台北帝国大学である。文政学部の小葉田淳助教授が沖縄で50年以上隠匿されていた王府が編さんした1424年~1867年までの外交文書をつづった「歴代宝案」が発見されたという消息を得て、1935年3月に沖縄を訪れ、寄託管理を委ねられていた沖縄県立図書館の許可のもと久場政盛を雇い、ほぼ全巻を筆写している。小葉田氏はその他に冊封使渡来時の応接を記録した《冠船日記》、那覇の行政を記録した《親見世日記》、外国船の渡来時の対応を記録した《異國日記》を筆写しているが、県立図書館のそうした資料は沖縄戦でその全てを失っている。台湾大学図書館に保管されている筆写資料が唯一残されている文書である。台湾大学図書館はその他に碑文や石門彫刻などの拓本を111点収蔵している。

 今次の王国展では、通常一般の閲覧が許されない台湾側の収蔵機関の琉球王国の文物の逸品が特蔵室から出て一堂に揃(そろ)う。日本からの展示品は国内で広く知られている文物が多いが、台湾側の収蔵機関からの出展はこれまでほとんど知られておらず、一見の価値がある。多くの方々にぜひ故宮博物院に足を運び見ていただきたい。故宮博物院は、琉球王国の研究者や展示品の収蔵機関の専門家をパネリストとして招くシンポジウムの開催も併せて企画している。


 赤嶺 守あかみね・まもる) 1953年、那覇市出身。明治大学卒業後、台湾大学大学院博士課程修了。琉球大名誉教授、名桜大特任教授。専門は中琉関係史。