有料

ご意見番の多胡氏死去 「地域のため」宿題残す


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 地域金融のご意見番として知られた「地域の魅力研究所」の多胡秀人代表理事が6月17日、闘病の末、72歳で死去した。山陰合同銀行や鹿児島銀行、東和銀行の社外取締役のほか、浜松いわた信用金庫の非常勤理事などを歴任。地域金融機関に「地域のための経営」を求め続けた。
 多胡氏は島根県安来市出身。東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行し、ロンドンではデリバティブ(金融派生商品)を扱う国際派のバンカーとして活躍した。
 転機となったのは1986年1月だった。営業で、北海道の稚内信用金庫資金証券部の増田雅俊氏(現理事長)と出会い、地域金融について意見を交わす関係になった。また当時の井須孝誠理事長から学んだ「経済合理性だけでは地域は守れない」「平時のやせ我慢経営で自己資本を蓄え、有事には地域のために惜しみなく使う」という経営哲学が多胡氏の地域金融論の土台となった。
 多胡氏を一躍有名にしたのは、金融庁が2003年に打ち出した「リレーションシップバンキング(地域密着型金融)」の在り方を策定する中心メンバーになったことだった。
 金融庁は02年に公表した不良債権処理と経済再生の基本方針「金融再生プログラム」に基づき、大手行には厳しい銀行検査で臨んだ。一方、地域金融機関にはリレーションシップバンキングによって、むやみに中小企業の倒産を増やさない取り組みを求めていたのだ。
 しかし不良債権問題が一服すると、リレーションシップバンキングは下火になった。
 金融庁が方針転換したのは15年。地域金融機関に対し、自らと顧客の双方の利益を生み出す「共通価値の創造」に取り組むよう促した。地域金融機関がリスクを取って融資しても収益性と健全性を失わず、経営が持続可能になるように、リレーションシップバンキングに再び光を当てた。
 多胡氏は金融庁の有識者会議のメンバーも務め、各地を訪問。リレーションシップバンキングの重要性を訴えた。
 だが、地域金融機関による中小企業の生産性向上は道半ばだ。多胡氏が地域金融機関に課した「地域のため」という重い宿題は、まだ提出されていない。
 (共同通信編集委員・橋本卓典)