客による迷惑行為「カスタマーハラスメント」(カスハラ)への企業の意識が変わりつつある。正当な苦情との線引きが難しく、手をこまねいてきた。だが従業員の心身不調や退職につながるケースもあり「毅然(きぜん)とした態度で向き合うべきだ」との声が高まり、マニュアル整備や社内研修などの動きが出ている。
お客さまは神様
「しょうゆとわさびが足りなかった」。東京都内の百貨店ですし数パックを購入した初老の女性は、パートの60代女性にレシートを示し、全額返金するよう要求。しょうゆなどはサービスで提供するものだが、百貨店は「売り場の責任」と断じ、人材派遣会社に負担を求めたという。
パートの女性は「自分たちの損失がないから客の言い分を聞いたのだろうが、それではカスハラを助長する」と憤りが収まらない。
政府は、企業に従業員保護を義務付ける対策強化を検討中だ。東京都は防止条例を全国に先駆けて成立させた。そうした仕組みも大事だが、毅然とした態度で現場を守る企業側の姿勢も問われることになる。パートの女性は「お客さまは神様です、の体質が残っている企業では難しいでしょうね」と付け加えた。
好きな仕事
ただ対策に取り組む企業も増えてきた。「イトーヨーカ堂」(東京)は対応マニュアルを今年作り、社内研修で「暴力、暴言を受けたら警察に通報」「防犯カメラに写る場所で応対し証拠を残す」といった対策も共有する。担当者は「接客が好きで働いている人が多い。精神的苦痛を受け、好きな仕事ができなくなることは避けなければならない」と決意を示す。
背景に厳しい現実がある。労組の連合がカスハラ経験者に生活上の変化を聞いた調査によると、複数回答で「出勤が憂鬱(ゆううつ)になった」が38・2%で最多。「仕事をやめた・変えた」も10・5%あった。
消費者の理解
「日本ハラスメント協会」の村嵜要代表理事は、過剰に下手に出る企業の多さが客による不当な要求を断れない風潮をつくり上げてきたと分析する。「事なかれ主義で、従業員より理不尽な客を優先する企業は今後の社会的な価値観には受け入れられないだろう」。人手不足が目立つ中、働き手に選ばれる企業となるにはカスハラ対応が重要さを増すという。
「日本カスタマーハラスメント対応協会」の島田恭子代表も「適正なサービスの範囲を超えた要求はカスハラ。まず従業員、消費者ともにそれを理解し共通認識にしないといけない」と話す。
島田代表は、空港で旅客対応を担うグランドハンドリング業界の約80社が対策で連携していることを例示。業界全体で乗り出せば実効性が高まり、適正なサービス水準を消費者が理解しやすくなるとも指摘している。