泡盛の歴史は、琉球王国が東南アジアと盛んに交易していた15世紀にさかのぼる。シャム国(タイ)からもたらされた蒸留技術に学び、後に泡盛となる蒸留酒が造られたとされる。
琉球国王の任命のため中国から派遣された冊封使の記録などから、琉球王国のさまざまな場面で泡盛が使われたことが分かっている。新井白石の沖縄研究書「南島志」は泡盛について「密封七年にしてこれを用ふ。首里醸すところのもの最上品とす」と記した。100年物、200年物の古酒が存在したとされ、江戸上りの献上品や「黒船」で来琉したペリー一行との晩さん会にも用いられた。
その後、沖縄戦で酒造所が多く集まっていた首里は灰じんに帰し、泡盛に欠かせない黒麹菌はほぼ失われた。戦後はかろうじて残った黒麹菌を収集し、製造が再スタートする。論文「君知るや名酒泡盛」で泡盛に一躍脚光を浴びせた坂口謹一郎東大名誉教授が戦前に採取した黒麹菌を保存していた奇跡的な出来事もあり、泡盛は復興を遂げる。
近年はタイ米ではなく県産米を使った泡盛も登場し、飲み方の提案も多様化している。泡盛は600年の長い歴史の伝統を受け継ぎながら、新たな価値を生み出している。 (當山幸都)
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タイ由来、600年の歴史 沖縄戦越え、技術継承 多様化で新たな価値
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琉球新報朝刊