『若い頃のメモ帳より』 しなやかな感性、自然体に


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『若い頃のメモ帳より』東木武市著 脈発行所・1100円

 今年、第42回山之口貘賞を受賞した本詩集には、始終ゆったりとした風が流れている。その風は真新しいというよりは、どこか懐かしさを感じさせる、なじみのある風である。作者の出身は、鹿児島県の徳之島町だそうだ。20代の頃に東京でお世話になった画家より沖縄出身の詩人・山之口貘のことを教わり、それ以来、すっかり山之口貘の詩の虜になったという。そのため、ここに収められている詩にも度々、憧れの山之口貘が姿を現す。

 本書には、東木の20代から50代までに創作した60篇の詩が収められている。そこには何一つ難しい言葉はなく、親しみやすい、読者の心へ無理なく寄り添う詩が続く。詩集のタイトルが「若い頃のメモ帳より」というだけあって、肩の力を抜いた、自然体の詩がそろっている。この何十年分の詩篇は、年代順には収められていないようであるが、不思議と読んでいて違和感はない。やさしくも、確固とした作者の世界があるためだろう。

 童話的な世界がひろがる「老人」「仙人」「煙草の煙」では、この作者のしなやかな感性に触れることができる。私は幼い頃に親しんだ、そして今は幼い息子に読み聞かせをする絵本の世界をそこに見た。懐かしく、やさしく、どこか奇妙な世界。子供の時に眺めた世界は、こんな風に摩訶(まか)不思議であったことを思い出す。

 さらに、猫が度々登場する「バス停」「村の晩秋」「子猫たち」では猫たちが名脇役さながらのいい味を醸しだす。一読し、猫の毛色や模様までもが頭に浮かびあがるのは、私たちがいつの間にか作者の作り出す世界にすっぽりともぐり込んでしまっているためであろう。自身もその世界の一員であるかのように、そこに描かれている光景の一つ一つが、実にこまやかに浮かびあがってくる。

 最近は、西郷隆盛を主人公とした歴史小説も執筆したという作者が、今後さらなる飛躍をされることを期待したい。

(佐藤モニカ・歌人、小説家)

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 あずまき・たけいち 1942年、鹿児島県徳之島町生まれ。同島在住。20代後半で東京商工リサーチに入社。96年から1年間、同社沖縄支店長。2019年7月、琉球新報社主催の第42回山之口貘賞を本書で受賞。著書に「島の巌窟王(西郷隆盛伝)上・下巻」など。

 

若い頃のメモ帳より―詩集
東木武市
脈発行所