〈27〉老年的超越 感謝の気持ち高まる段階


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 人間の心理は、他者との関わりを通して死に至るまで成長していくと考えるのが、エリック・エリクソンが提唱する「心理社会的発達理論」だ。彼は人間の発達段階を8つに分けた。乳幼児期の「基本的信頼感」、青年期の「アイデンティティー」は広く知られている。

 私の外来患者の8割は、エリクソンの発達段階の「8」に分類されるお年寄りで、超高齢者に分類される85歳以上の方々も多い。エリクソンは65歳から死ぬまでを老年期としたが、エリックが1994年に91歳で亡くなった後、共同研究者である妻のジョウンは97年、94歳の時に、第9段階を加えた「ライフサイクル、その完結」を著した。

 その中でスウェーデンの社会学者ラーシュ・トーンスタムが89年に提唱した「老年的超越」に触れている。85歳を超えると、人は(1)思考に時間や空間の壁が無くなり死の恐怖が薄らぐ(2)自己中心性が低下する(3)他者への寛容性が増加する―という。

 東京都健康長寿医療センター研究所の増井幸恵研究員は「できないことが増えて不幸感が高まると思いきや、自分自身をとらえ直し、不幸感が弱くなり感謝の気持ちが高まっていく」と分析している。

 診療中、加齢に伴う身体的、認知機能の低下にもかかわらず、家族の支えに全てを委ねて平穏であるご高齢患者さんにしばしば出会う。そんな時、これがトーンスタムの言う「老年的超越」だと感じさせられる。

 ジョウン・エリクソンの94歳の文章は当事者の視点で書かれている。「われわれの社会は、最後のライフサイクルの段階への移行を容易にするために、そして多くの老人の存在という事態に対応するために、何をしてきたのだろう? われわれの社会とわれわれの生活設計の中に老人たちをどのように組み込むかというプログラムは、いまだなお十分に構想され計画されているとは言えない」

 「老年的超越」による彼らの寛容性に甘えることなく、彼らの生活設計を組み込んだ豊かな社会を築くため、努力したい。
 

(宮城航一、オリブ山病院 脳神経内科)